慌てふためく夫
テーマ:ナケタはなし
2010年02月02日 23時00分
708 :名無しの心子知らず:2010/01/31(日) 18:40:31 ID:vOjMT8V+
息子が生まれる時、単身赴任先から車で駆け付けた夫。
スピード違反と免許不携帯でパトカーにとめられた。
当時もらったばっかの定額給付金を早々とお国に返すことになってしまったけれど、
無事出産には立ち会えた。
子供が生まれるんです!早く行かせてください!と慌てふためく夫に、
「でもルールは守りなさい。あなたの命を守るためのルールです。
あなたはこれから、生まれた子供がルールを破ったら叱らなくてはならないんですよ」
と言ったおまわりさんがいたと、話では聞いていた。
別れ際には
「あなたが落ち着かなくては奥様のそばに行く意味がありません。
落ち着いて、安全運転でお急ぎなさい」
と落ち着かせてくれたんだと。
なんと今日、そのおまわりさんがうちにお祝い持っていらした。
奇妙な縁で、おまわりさんの奥様がうちの姑の書道教室の生徒さんだったらしく、
何気ない会話で思い出して、姑に挨拶兼ねて来てくれたんだそうだ。
夫が去年の10月に亡くなったことを伝えたら、仏壇に手を合わせながら
「間に合ってよかったですね」と言ってくれた。
今日はなんだか心がほっこりする日だったなー。
息子が生まれる時、単身赴任先から車で駆け付けた夫。
スピード違反と免許不携帯でパトカーにとめられた。
当時もらったばっかの定額給付金を早々とお国に返すことになってしまったけれど、
無事出産には立ち会えた。
子供が生まれるんです!早く行かせてください!と慌てふためく夫に、
「でもルールは守りなさい。あなたの命を守るためのルールです。
あなたはこれから、生まれた子供がルールを破ったら叱らなくてはならないんですよ」
と言ったおまわりさんがいたと、話では聞いていた。
別れ際には
「あなたが落ち着かなくては奥様のそばに行く意味がありません。
落ち着いて、安全運転でお急ぎなさい」
と落ち着かせてくれたんだと。
なんと今日、そのおまわりさんがうちにお祝い持っていらした。
奇妙な縁で、おまわりさんの奥様がうちの姑の書道教室の生徒さんだったらしく、
何気ない会話で思い出して、姑に挨拶兼ねて来てくれたんだそうだ。
夫が去年の10月に亡くなったことを伝えたら、仏壇に手を合わせながら
「間に合ってよかったですね」と言ってくれた。
今日はなんだか心がほっこりする日だったなー。
再会
テーマ:フシギばなし
2010年02月02日 21時00分
536 :本当にあった怖い名無し:2010/01/30(土) 22:06:39 ID:Ve09N8dK0
良い話かどうかはわからないんだけど、お迎えってくるんだなぁ、って思った話。
うちの母方のばあちゃんのお母さん(曾祖母になるのかな?)が、なくなりそうで、
寝たきり(普通に老衰です)になっていたとき(私が生まれる前で、曾祖母とは面識ありません)
みんな、ああ・・・そろそろかなぁ・・・・って、枕もとに集まっていたらしい。
そのとき、ずっとウツラウツラしているような状態だった曾祖母が突然、
「ああ、○○さん、良く来たねぇ。あらあら、お酒をあがってるよ、まあまあ・・・」
みたいなことを、部屋の隅を見ながらはっきりしゃべりだしたらしい。
○○さん、というのは、もう亡くなっている親族の男性で、
祖母は「ああ、○○さんは迎えに来たんだ、連れて行くんだ」と思ったそうです。
曾祖母は、○○さん日本酒を飲みながらすぐそこにいるよ、やさしい顔してるよ、
と話しつづけたが、当然誰にもその姿はみえなく、みんなは「いよいよその時か・・・」と。
○○さんが迎えにきてくれたなら、迷わずに行けるな、と不思議な安心を憶えたそうです。
曾祖母はその後、それほどたたずに亡くなりました。
やっぱり、お迎えって、あるんだなぁって思いました。
537 :本当にあった怖い名無し:2010/01/30(土) 22:33:58 ID:0snjjf9Z0
それはお迎えって言うか幻覚では・・・?
他の人にも見えてるならわかるけど
538 :536:2010/01/30(土) 23:18:00 ID:Ve09N8dK0
>>537さん
うあっ、すいません、確かに死にそうな人の幻覚だと言ってしまえばそれまでなんですが・・・
お詫びにもう一つ、書かせてください。
私の地元では、年に2回、お地蔵さんという行事?というか、
お寺のお参りイベントみたいのがあるんです。
あるお寺に行き、あの世で幸せにしてて欲しい亡くなった方の名前を読み上げてろうそくを
あげてもらうというものなのですが、それなりに有名らしく、いろいろなところから参拝客がきて、
最寄ローカル駅が本当に大行列・交通規制みたいな状態になります。
なんでも、亡くなってから何年間か、毎回ろうそく(お蝋と呼びます)をあげにお参りすると、
人ごみの雑踏のなかで、亡くなった方に出会えるという言い伝えがあるのです。
私は以前は年に2回、毎回行っていたのですが、大人になってからはそう予定も合わず、
先日久しぶりに母と父と3人で行きました。
お寺に行くまでに歩いているときに、私が
「むかし、おじいちゃん(母方)が亡くなって何年ぐらいかわかんないけど、
ほんっとうにおじいちゃんにそっくりな人とすれ違ったことがあるよ。
後姿も、服装も髪型も、本当におじいちゃんだった」
と母に言ったら、母は父の弟(私の叔父・7年前に他界)が向かい側から歩いてくるのを目撃し、
思わず「○○さん?!」と声をかけてしまったことがあるそうです。
とおりすぎて振り向いたらもういなかったとか・・・。
しかも、亡くなったときのやつれた姿でなく、元気だったころのふっくらした叔父だったそうです。
結構な人数がお参りに来られるので、もちろん他人の空似という可能性もあるでしょうが、
もしかしたらこの人ごみにまぎれて
親族に姿を見せにくる仏さんがいるんじゃないかな、なんて思っています。
良い話かどうかはわからないんだけど、お迎えってくるんだなぁ、って思った話。
うちの母方のばあちゃんのお母さん(曾祖母になるのかな?)が、なくなりそうで、
寝たきり(普通に老衰です)になっていたとき(私が生まれる前で、曾祖母とは面識ありません)
みんな、ああ・・・そろそろかなぁ・・・・って、枕もとに集まっていたらしい。
そのとき、ずっとウツラウツラしているような状態だった曾祖母が突然、
「ああ、○○さん、良く来たねぇ。あらあら、お酒をあがってるよ、まあまあ・・・」
みたいなことを、部屋の隅を見ながらはっきりしゃべりだしたらしい。
○○さん、というのは、もう亡くなっている親族の男性で、
祖母は「ああ、○○さんは迎えに来たんだ、連れて行くんだ」と思ったそうです。
曾祖母は、○○さん日本酒を飲みながらすぐそこにいるよ、やさしい顔してるよ、
と話しつづけたが、当然誰にもその姿はみえなく、みんなは「いよいよその時か・・・」と。
○○さんが迎えにきてくれたなら、迷わずに行けるな、と不思議な安心を憶えたそうです。
曾祖母はその後、それほどたたずに亡くなりました。
やっぱり、お迎えって、あるんだなぁって思いました。
537 :本当にあった怖い名無し:2010/01/30(土) 22:33:58 ID:0snjjf9Z0
それはお迎えって言うか幻覚では・・・?
他の人にも見えてるならわかるけど
538 :536:2010/01/30(土) 23:18:00 ID:Ve09N8dK0
>>537さん
うあっ、すいません、確かに死にそうな人の幻覚だと言ってしまえばそれまでなんですが・・・
お詫びにもう一つ、書かせてください。
私の地元では、年に2回、お地蔵さんという行事?というか、
お寺のお参りイベントみたいのがあるんです。
あるお寺に行き、あの世で幸せにしてて欲しい亡くなった方の名前を読み上げてろうそくを
あげてもらうというものなのですが、それなりに有名らしく、いろいろなところから参拝客がきて、
最寄ローカル駅が本当に大行列・交通規制みたいな状態になります。
なんでも、亡くなってから何年間か、毎回ろうそく(お蝋と呼びます)をあげにお参りすると、
人ごみの雑踏のなかで、亡くなった方に出会えるという言い伝えがあるのです。
私は以前は年に2回、毎回行っていたのですが、大人になってからはそう予定も合わず、
先日久しぶりに母と父と3人で行きました。
お寺に行くまでに歩いているときに、私が
「むかし、おじいちゃん(母方)が亡くなって何年ぐらいかわかんないけど、
ほんっとうにおじいちゃんにそっくりな人とすれ違ったことがあるよ。
後姿も、服装も髪型も、本当におじいちゃんだった」
と母に言ったら、母は父の弟(私の叔父・7年前に他界)が向かい側から歩いてくるのを目撃し、
思わず「○○さん?!」と声をかけてしまったことがあるそうです。
とおりすぎて振り向いたらもういなかったとか・・・。
しかも、亡くなったときのやつれた姿でなく、元気だったころのふっくらした叔父だったそうです。
結構な人数がお参りに来られるので、もちろん他人の空似という可能性もあるでしょうが、
もしかしたらこの人ごみにまぎれて
親族に姿を見せにくる仏さんがいるんじゃないかな、なんて思っています。
グイっと引き上げてくれた
テーマ:フシギばなし
2010年02月02日 19時00分
546 :本当にあった怖い名無し:2010/02/01(月) 12:15:02 ID:aQNxZ9zQ0
昨夜起こった話。
前提:自分は雪国在住で、両親は既に病気で他界してる
夕べと言っても0時過ぎてからベッドに入った。
けども、夕方に1時間位寝てしまったんで、なかなか寝付けず。
目を閉じて、左右に何度も寝返りを打っていると自然と布団も崩れてしまい、
毛布やタオルケットなんかもずれてしまい、布団の隙間から肩とかが見えてしまうんだ。
夜はさすがにストーブも止めてるんで、そんな状態で朝まで寝てると当然冷える。
何時なのかわからないけど、天井を向いて目を閉じていると、
ふっと頭の方から何かが迫る気配がした。
普段からオカ版とか見てるんでハッとする。
どうも、両手が自分の両方の鎖骨の辺りに伸びてくる感じ。
寝たフリしながらも気配はバッチリ感じるので内心ドキドキ。
何なんだろう?何されるんだ?って。
そしてら、その伸びている手が、布団の下のタオルケットだか毛布を掴んで、
グイっと肩が隠れる位まで上まで引き上げてくれた。
特に根拠は無いのだけど、その時、その手がおかんの物だと思った。
こんな格好で寝て、寒いだろうと思ってやってくれたんだろうか?
ともあれ、ありがたいと思ったよ。ちょっと恐かったけど。
547 :本当にあった怖い名無し:2010/02/01(月) 13:02:36 ID:azFYEu/gO
親はいつまでも親、か。
子はいつまでも子だな。
なんか泣けたな…。
寒い雪国、暖かくしてね。
548 :本当にあった怖い名無し:2010/02/01(月) 13:28:14 ID:aQNxZ9zQ0
追記:
書き忘れたけど、今年は親父と祖父母、曾婆ちゃんの法要が重なってて、
その日一気に引っ張って寺でお経あげてもらったんだ。
で、そん時に三角団子を持ってかなきゃいけないんだけど、どういうワケか
今回は自分で団子粉買って(100均だけど)、前日に格闘しながら作って行った。
いびつな形の団子だったが、寺の人に『自分で作ろうという気持ちが大切だ』
と言われ、形を整えてもらってそれなりの見栄えにしてもらった。
いつもは伯母さんに作ってもらってるんだけど、どうして自分で作ろうという気に
なったのかよくわからない。多分、100均で買えるモノで作れるんだw
というある種のお手軽さに釣られたとは思うけども。
そして、三角団子の他に、餡子の入った白い餅も7つ必要なんだけど、
スーパーでどうしても1個足りなかったんで、代わりに豆大福買って豆だけ取り除いて代用した。
ラップで一個ずつくるむからまあ、バレないだろうし、豆も餡子もどちらも豆だからいいかな、と。
549 :本当にあった怖い名無し:2010/02/01(月) 13:31:05 ID:aQNxZ9zQ0
ちょw
たった今、書き込みボタン押した後に部屋にある時計が12回鳴りやがった!!
振り子時計でもう20年以上使ってる代物で、いつからか気まぐれにしか鐘が鳴らなくなってる。
最近(ここ2ヶ月程)はめっきり鳴ってなかったのに!!!
やっぱ一個だけ豆大福混ぜたのダメだったのかな
550 :本当にあった怖い名無し:2010/02/01(月) 15:10:08 ID:k33T7Ajs0
いつも見てるぞ、ってメッセージじゃね。
きっとあの世で、「あいつ、豆大福そなえやがったw」って盛り上がってるよ。
551 :本当にあった怖い名無し:2010/02/01(月) 15:15:26 ID:cgdHy6Ts0
・人様に家庭の事情ぺらぺらしゃべって(書き込んで)んじゃないよ
恥ずかしいじゃないのさ。
・十二分にありがたかったからひとつぐらい違ってても気にしなさんな
・13時に12回・・・1個足りないのはバレてるぞ。はっはっは
どれかに違いない
552 :本当にあった怖い名無し:2010/02/01(月) 16:05:36 ID:l775v/Ow0
>>551
うまいこと言うなw
むしろ全部かもしれないよ
昨夜起こった話。
前提:自分は雪国在住で、両親は既に病気で他界してる
夕べと言っても0時過ぎてからベッドに入った。
けども、夕方に1時間位寝てしまったんで、なかなか寝付けず。
目を閉じて、左右に何度も寝返りを打っていると自然と布団も崩れてしまい、
毛布やタオルケットなんかもずれてしまい、布団の隙間から肩とかが見えてしまうんだ。
夜はさすがにストーブも止めてるんで、そんな状態で朝まで寝てると当然冷える。
何時なのかわからないけど、天井を向いて目を閉じていると、
ふっと頭の方から何かが迫る気配がした。
普段からオカ版とか見てるんでハッとする。
どうも、両手が自分の両方の鎖骨の辺りに伸びてくる感じ。
寝たフリしながらも気配はバッチリ感じるので内心ドキドキ。
何なんだろう?何されるんだ?って。
そしてら、その伸びている手が、布団の下のタオルケットだか毛布を掴んで、
グイっと肩が隠れる位まで上まで引き上げてくれた。
特に根拠は無いのだけど、その時、その手がおかんの物だと思った。
こんな格好で寝て、寒いだろうと思ってやってくれたんだろうか?
ともあれ、ありがたいと思ったよ。ちょっと恐かったけど。
547 :本当にあった怖い名無し:2010/02/01(月) 13:02:36 ID:azFYEu/gO
親はいつまでも親、か。
子はいつまでも子だな。
なんか泣けたな…。
寒い雪国、暖かくしてね。
548 :本当にあった怖い名無し:2010/02/01(月) 13:28:14 ID:aQNxZ9zQ0
追記:
書き忘れたけど、今年は親父と祖父母、曾婆ちゃんの法要が重なってて、
その日一気に引っ張って寺でお経あげてもらったんだ。
で、そん時に三角団子を持ってかなきゃいけないんだけど、どういうワケか
今回は自分で団子粉買って(100均だけど)、前日に格闘しながら作って行った。
いびつな形の団子だったが、寺の人に『自分で作ろうという気持ちが大切だ』
と言われ、形を整えてもらってそれなりの見栄えにしてもらった。
いつもは伯母さんに作ってもらってるんだけど、どうして自分で作ろうという気に
なったのかよくわからない。多分、100均で買えるモノで作れるんだw
というある種のお手軽さに釣られたとは思うけども。
そして、三角団子の他に、餡子の入った白い餅も7つ必要なんだけど、
スーパーでどうしても1個足りなかったんで、代わりに豆大福買って豆だけ取り除いて代用した。
ラップで一個ずつくるむからまあ、バレないだろうし、豆も餡子もどちらも豆だからいいかな、と。
549 :本当にあった怖い名無し:2010/02/01(月) 13:31:05 ID:aQNxZ9zQ0
ちょw
たった今、書き込みボタン押した後に部屋にある時計が12回鳴りやがった!!
振り子時計でもう20年以上使ってる代物で、いつからか気まぐれにしか鐘が鳴らなくなってる。
最近(ここ2ヶ月程)はめっきり鳴ってなかったのに!!!
やっぱ一個だけ豆大福混ぜたのダメだったのかな
550 :本当にあった怖い名無し:2010/02/01(月) 15:10:08 ID:k33T7Ajs0
いつも見てるぞ、ってメッセージじゃね。
きっとあの世で、「あいつ、豆大福そなえやがったw」って盛り上がってるよ。
551 :本当にあった怖い名無し:2010/02/01(月) 15:15:26 ID:cgdHy6Ts0
・人様に家庭の事情ぺらぺらしゃべって(書き込んで)んじゃないよ
恥ずかしいじゃないのさ。
・十二分にありがたかったからひとつぐらい違ってても気にしなさんな
・13時に12回・・・1個足りないのはバレてるぞ。はっはっは
どれかに違いない
552 :本当にあった怖い名無し:2010/02/01(月) 16:05:36 ID:l775v/Ow0
>>551
うまいこと言うなw
むしろ全部かもしれないよ
娘の窮地
テーマ:ワラタはなしⅡ
2010年02月02日 17時00分
218 :可愛い奥様:2010/01/23(土) 20:05:35 ID:MmhlV1v80
娘が中学生の時、警察から電話があった。
娘が痴漢被害に遭い、犯人はその場で捕まった。
現在、娘から事情を訊いているとのこと。
あわてて警察署に行ったら、ほぼ同時に医師が到着。
「怪我人どこ?」とか言ってる。
怪我までさせられたんだ!ってアタマが真っ白になって
医師についていこうとしたらお巡りさんに止められた。
「違う違う、怪我したのは犯人。娘さんはあっちで説教中」
うちの娘、小さい頃から某格闘技やってたんだよね。
で、とっさに禁じ手つかっちゃったらしくて、犯人の肩が
はずれたとか…
犯人ぬっころす!くらいの勢いで駆けつけたんだけど、
遅れてきた夫と夫婦揃って平謝りで帰った。
帰り際、刑事さん(だと思う)に
「お母さんも強そうですね。でも程ほどに」って釘を
刺された。
言われた。
娘が中学生の時、警察から電話があった。
娘が痴漢被害に遭い、犯人はその場で捕まった。
現在、娘から事情を訊いているとのこと。
あわてて警察署に行ったら、ほぼ同時に医師が到着。
「怪我人どこ?」とか言ってる。
怪我までさせられたんだ!ってアタマが真っ白になって
医師についていこうとしたらお巡りさんに止められた。
「違う違う、怪我したのは犯人。娘さんはあっちで説教中」
うちの娘、小さい頃から某格闘技やってたんだよね。
で、とっさに禁じ手つかっちゃったらしくて、犯人の肩が
はずれたとか…
犯人ぬっころす!くらいの勢いで駆けつけたんだけど、
遅れてきた夫と夫婦揃って平謝りで帰った。
帰り際、刑事さん(だと思う)に
「お母さんも強そうですね。でも程ほどに」って釘を
刺された。
言われた。
ポエマー集合
テーマ:オバカなはなし
2010年02月02日 15時00分
232 :可愛い奥様:2010/01/27(水) 11:28:49 ID:4PsogxXZ0
本当に恥ずかしい話を告白します。
ちゃんとした会社の正社員という立場に就けているにもかかわらず、
ふとした拍子に「やりがいって何?自分が本当にやりたい仕事はこんなんじゃない!」と
20代も半ばになって厨二病に罹り、ロッキングオンの採用試験に応募したことがあります。
大した資格も記載されていない履歴書、課題の作文の内容はポエム。
好きなアーティストはバンプオブチキン。
もちろん書類選考で落ちました。
今でも思い出すたびに気が狂いそうになって、その度に頭や頬をぶったり大声で叫んだりして
自我を保っています。
あの履歴書はもう処分されているのだろうか。穴があったら履歴書ごと埋まっていたいです。
ああ誰かたすけて
233 :可愛い奥様:2010/01/27(水) 12:24:29 ID:eNfqtovm0
もっと痛い人がもっと痛いものを送ってるだろうから大丈夫だよ
ああいう業界に応募する9割はそんなもの(多分)
30歳フリーター資格ゼロ、今の自分は仮の姿で本当は世紀の大天才だと信じてるのがザラじゃない?
234 :可愛い奥様:2010/01/27(水) 12:47:33 ID:4PsogxXZ0
>>233
いやいや、自分もそうだと信じたいのですが、割と名の通った勤務先、
ポエムはもちろん自己アピールも相当病的なことを書きました。
挙げてくれた例に負けず劣らず、最高ランクの痛さだったと思います。
落ちて当然ですが、落としてくれて良かったです。
レス読んで少し気が楽になりました。ありがとうありがとう。
235 :可愛い奥様:2010/01/27(水) 13:12:36 ID:yoB2vxTe0
若さとはバカさである。
236 :可愛い奥様:2010/01/27(水) 18:28:44 ID:gbbAmU/rP
ロッキングオンというのが何かが分からない
237 :可愛い奥様:2010/01/27(水) 21:08:44 ID:OwvQI9pe0
音楽雑誌ですね>ロッキングオン
262 :可愛い奥様:2010/01/29(金) 22:23:24 ID:ODGDX5X20
>>232
わたしの記憶の扉が開いた。
私私・・・ ポエムを吹き込んでテープで送っちまっただよ
しかもバックはオルゴールの自動演奏付き
ああああああああああ 聞いたやつ全員死刑 だけど私が一番サドンデスぅぅぅx
264 :可愛い奥様:2010/01/30(土) 08:44:41 ID:wmm2dKhg0
ポエムと聞いて扉が開いちまったよ・・・
ラブレターをポエムで書いちまった私、
あれから何年経っても、ちっとも
甘酸っぱい思い出 テヘ☆
なんて、ならないぞちくしょう!
過去の私のバカ!もうどうしようもないバカ!
265 :可愛い奥様:2010/01/30(土) 11:12:45 ID:rh22WpqA0
私なんか....
今日何をして何を食べてどんな気分かの日記をポエム風にして
毎日手紙にしたためて匿名で好きな人の靴箱に一年投函し続けた挙げ句
『私の正体を知りたいのなら講堂の黒板にYESと書いて』とか書いて送って
黒板にYES書かせた後に
『ついに明かされる本名』てタイトルの手紙と共に名前書いて送ったよ。
死にたいんだけど。
266 :可愛い奥様:2010/01/30(土) 11:32:20 ID:GjH7pKrr0
好きな人関係なら私も負けちゃいない
中学の頃、友人たちに唆されたのもあって、バレンタインデーに2コ上の先輩が通ってる塾に押しかけ、
「手作り」と称し紙コップに1個10円の銀紙に包まれたハート型のチョコを詰めただけの代物を
他の生徒もいる前で押し付け。
数日後相手に迷惑と言われ、紙コップチョコがまずかったんだと勘違いし、
既製品のチョコを買い直し、「嫌わないでください」という内容の手紙を添えて、
自宅まで押しかけ、玄関先に置いてピンポンダッシュしてそのまま逃げた。
手紙を最初に開くのが親御さんかもしれないということまでは考えが及ばなかった。
社会人になってからも、最後に付き合ってた人に振られて以降何年も新しい彼氏ができず、
頑張っているが喪女というキャラが定着しつつあった中、年下の新入社員に目を付け、
ようやく訪れたチャンスに必死の形相で連絡先を交換…したまでは良かったが、
その場所が自分が仕事してる課の隣室、ドアもなく薄い壁一枚隔てているだけで課員に一部始終丸聞こえ、
戻ったら課員全員がニヤニヤしながら一斉に私に注目していた。
相手には学生時代からの彼女がいて、彼にとって「仕事を頼みやすい親切な人」になっただけで終わった。
あと、同じ時期に、昼休みにウトウトしてて、多分だけど寝っ屁も何度かこいた。
ポエムの皆さん、頑張って一緒に生きていこう。
273 :可愛い奥様:2010/01/31(日) 00:43:49 ID:QLBAC3H80
>>265
ポエムのひとりですがあんた・・・、いや貴方様が優勝です
本当に恥ずかしい話を告白します。
ちゃんとした会社の正社員という立場に就けているにもかかわらず、
ふとした拍子に「やりがいって何?自分が本当にやりたい仕事はこんなんじゃない!」と
20代も半ばになって厨二病に罹り、ロッキングオンの採用試験に応募したことがあります。
大した資格も記載されていない履歴書、課題の作文の内容はポエム。
好きなアーティストはバンプオブチキン。
もちろん書類選考で落ちました。
今でも思い出すたびに気が狂いそうになって、その度に頭や頬をぶったり大声で叫んだりして
自我を保っています。
あの履歴書はもう処分されているのだろうか。穴があったら履歴書ごと埋まっていたいです。
ああ誰かたすけて
233 :可愛い奥様:2010/01/27(水) 12:24:29 ID:eNfqtovm0
もっと痛い人がもっと痛いものを送ってるだろうから大丈夫だよ
ああいう業界に応募する9割はそんなもの(多分)
30歳フリーター資格ゼロ、今の自分は仮の姿で本当は世紀の大天才だと信じてるのがザラじゃない?
234 :可愛い奥様:2010/01/27(水) 12:47:33 ID:4PsogxXZ0
>>233
いやいや、自分もそうだと信じたいのですが、割と名の通った勤務先、
ポエムはもちろん自己アピールも相当病的なことを書きました。
挙げてくれた例に負けず劣らず、最高ランクの痛さだったと思います。
落ちて当然ですが、落としてくれて良かったです。
レス読んで少し気が楽になりました。ありがとうありがとう。
235 :可愛い奥様:2010/01/27(水) 13:12:36 ID:yoB2vxTe0
若さとはバカさである。
236 :可愛い奥様:2010/01/27(水) 18:28:44 ID:gbbAmU/rP
ロッキングオンというのが何かが分からない
237 :可愛い奥様:2010/01/27(水) 21:08:44 ID:OwvQI9pe0
音楽雑誌ですね>ロッキングオン
262 :可愛い奥様:2010/01/29(金) 22:23:24 ID:ODGDX5X20
>>232
わたしの記憶の扉が開いた。
私私・・・ ポエムを吹き込んでテープで送っちまっただよ
しかもバックはオルゴールの自動演奏付き
ああああああああああ 聞いたやつ全員死刑 だけど私が一番サドンデスぅぅぅx
264 :可愛い奥様:2010/01/30(土) 08:44:41 ID:wmm2dKhg0
ポエムと聞いて扉が開いちまったよ・・・
ラブレターをポエムで書いちまった私、
あれから何年経っても、ちっとも
甘酸っぱい思い出 テヘ☆
なんて、ならないぞちくしょう!
過去の私のバカ!もうどうしようもないバカ!
265 :可愛い奥様:2010/01/30(土) 11:12:45 ID:rh22WpqA0
私なんか....
今日何をして何を食べてどんな気分かの日記をポエム風にして
毎日手紙にしたためて匿名で好きな人の靴箱に一年投函し続けた挙げ句
『私の正体を知りたいのなら講堂の黒板にYESと書いて』とか書いて送って
黒板にYES書かせた後に
『ついに明かされる本名』てタイトルの手紙と共に名前書いて送ったよ。
死にたいんだけど。
266 :可愛い奥様:2010/01/30(土) 11:32:20 ID:GjH7pKrr0
好きな人関係なら私も負けちゃいない
中学の頃、友人たちに唆されたのもあって、バレンタインデーに2コ上の先輩が通ってる塾に押しかけ、
「手作り」と称し紙コップに1個10円の銀紙に包まれたハート型のチョコを詰めただけの代物を
他の生徒もいる前で押し付け。
数日後相手に迷惑と言われ、紙コップチョコがまずかったんだと勘違いし、
既製品のチョコを買い直し、「嫌わないでください」という内容の手紙を添えて、
自宅まで押しかけ、玄関先に置いてピンポンダッシュしてそのまま逃げた。
手紙を最初に開くのが親御さんかもしれないということまでは考えが及ばなかった。
社会人になってからも、最後に付き合ってた人に振られて以降何年も新しい彼氏ができず、
頑張っているが喪女というキャラが定着しつつあった中、年下の新入社員に目を付け、
ようやく訪れたチャンスに必死の形相で連絡先を交換…したまでは良かったが、
その場所が自分が仕事してる課の隣室、ドアもなく薄い壁一枚隔てているだけで課員に一部始終丸聞こえ、
戻ったら課員全員がニヤニヤしながら一斉に私に注目していた。
相手には学生時代からの彼女がいて、彼にとって「仕事を頼みやすい親切な人」になっただけで終わった。
あと、同じ時期に、昼休みにウトウトしてて、多分だけど寝っ屁も何度かこいた。
ポエムの皆さん、頑張って一緒に生きていこう。
273 :可愛い奥様:2010/01/31(日) 00:43:49 ID:QLBAC3H80
>>265
ポエムのひとりですがあんた・・・、いや貴方様が優勝です
おお、ゆうしゃよ! びょきにまけるとは なさけない。
テーマ:ワラタはなしⅡ
2010年02月02日 13時00分
705 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/20(日) 14:42:29
吐き気と下痢で5分おきにトイレに籠ってた俺に嫁が一言
「もしかしてロトウィルスじゃない?」
俺はどこの勇者様だよ!
おかげで吐瀉物が気管に入り昇天しそうになった…
吐き気と下痢で5分おきにトイレに籠ってた俺に嫁が一言
「もしかしてロトウィルスじゃない?」
俺はどこの勇者様だよ!
おかげで吐瀉物が気管に入り昇天しそうになった…
盛大にコケた
テーマ:ワラタはなしⅡ
2010年02月02日 11時00分
206 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/31(日) 03:12:06 ID:7g6hxrE9
たしか高校生のとき。
待ち合わせに遅れる!と物凄い勢いで自転車漕いでたら曲がり切れず盛大にコケた。墓場の横で。
夕方だったので薄暗く、しかもその日着てたのは白いワンピース。
黒髪セミロングの髪を振り乱してだらーっと立ち上がる。膝からは出血。
もうね、完全に成仏してない人だった。
見られたら絶対ビビられるなと思っていたらちょうど運悪くサラリーマンが…。
びくうっ!っと無言で驚くサラリーマン。
ごめんびっくりするよね、ダビングしないと死ぬやつに似てるもんね、
と色々申し訳なかったがどうすればいいか分からず、笑顔(半笑い)で会釈したら逃げられた。
あああ…ごめんなさい成仏します
たしか高校生のとき。
待ち合わせに遅れる!と物凄い勢いで自転車漕いでたら曲がり切れず盛大にコケた。墓場の横で。
夕方だったので薄暗く、しかもその日着てたのは白いワンピース。
黒髪セミロングの髪を振り乱してだらーっと立ち上がる。膝からは出血。
もうね、完全に成仏してない人だった。
見られたら絶対ビビられるなと思っていたらちょうど運悪くサラリーマンが…。
びくうっ!っと無言で驚くサラリーマン。
ごめんびっくりするよね、ダビングしないと死ぬやつに似てるもんね、
と色々申し訳なかったがどうすればいいか分からず、笑顔(半笑い)で会釈したら逃げられた。
あああ…ごめんなさい成仏します
日本人のエスプリ
テーマ:ホノボノばなしⅡ
2010年02月02日 09時00分
954 :おさかなくわえた名無しさん :sage :2007/04/21(土) 21:34:14 ID:BzMU4ZYy
在独です。先日、町内のアンケートを取りに回ってきたドイツ人のおじさんと話をしたときのこと。
「ドイツ語、まだあまりできないので・・・」
「そうですか。それは残念・・・ところであなたは日本人?」
そうですと答えると、おじさんいきなり「日本のクチクカン知ってますか?」
ここから英語だったんだけど、クチクカン(駆逐艦)は日本語でした。
「日本の駆逐艦は素晴らしい。なんてったって名前が素晴らしい。朝霧、夕霧、春雨・・・
ああ、なんと文学的な!駆逐艦にこういう名前をつける感性、その素晴らしさがあなたに
わかりますか?もちろんおわかりでしょう。何故ならあなたは日本人なのですから!」
と絶賛してました。
おじさんはそこに日本人のエスプリを見たらしいです。
以前アメリカに住んでたとき、会社の守衛の黒人おじさんが日本の戦艦の大ファン、
山ほどプラモデルを作ってる人で、その人も同じことを言ってました。
「真暗な世界に日が昇る。世界は少しずつ白になっていく。そこにひとつの影が現れるんだ。
クールなその姿。彼女の名はアサギリ。アサギリだぞ?わかるか?・・・もう泣くしかないだろ?」
わかるぜブラザーと答えておきました。
言われてみればなんだか優雅な名前だね。命名の決め事みたいなものがあるのかな?
在独です。先日、町内のアンケートを取りに回ってきたドイツ人のおじさんと話をしたときのこと。
「ドイツ語、まだあまりできないので・・・」
「そうですか。それは残念・・・ところであなたは日本人?」
そうですと答えると、おじさんいきなり「日本のクチクカン知ってますか?」
ここから英語だったんだけど、クチクカン(駆逐艦)は日本語でした。
「日本の駆逐艦は素晴らしい。なんてったって名前が素晴らしい。朝霧、夕霧、春雨・・・
ああ、なんと文学的な!駆逐艦にこういう名前をつける感性、その素晴らしさがあなたに
わかりますか?もちろんおわかりでしょう。何故ならあなたは日本人なのですから!」
と絶賛してました。
おじさんはそこに日本人のエスプリを見たらしいです。
以前アメリカに住んでたとき、会社の守衛の黒人おじさんが日本の戦艦の大ファン、
山ほどプラモデルを作ってる人で、その人も同じことを言ってました。
「真暗な世界に日が昇る。世界は少しずつ白になっていく。そこにひとつの影が現れるんだ。
クールなその姿。彼女の名はアサギリ。アサギリだぞ?わかるか?・・・もう泣くしかないだろ?」
わかるぜブラザーと答えておきました。
言われてみればなんだか優雅な名前だね。命名の決め事みたいなものがあるのかな?
空を飛んだ日
テーマ:ナケタはなし
2010年02月02日 01時00分
580 :774RR:2010/01/31(日) 22:58:32 ID:Ule3v6OF
俺はとある中規模都市の高校に通学していた。
世に“3ない運動”などが特にとやかく言われた時期だったが
ウチの地域は、10年ほどで、急速に発展した地域。
昔は遠方からのバイク通学の学生も多く、バイクの免許取得には
特に目くじらを立てるような事は無かった。
(学生証に“通学、自宅手伝いの為の軽四輪免許の取得は認めるなどとあった)
80年代の最末期、昭和もそろそろ終わりを迎えようとしている頃だった。
当時、バイクブームは一応の落ち着きを見せ始めていたが、バイクの持つ情熱はまだまだ熱く、
俺も、その情熱の虜になった1人だった。
はじめはNS50Fを購入して“ギア付き”に目覚め、やがて、死ぬ気でバイトして
親の助けもあって、中古車でFZR250を購入した。
俺は舞い上がり、高校までの通学にバイクを使うようになった。
友人の家の土地(空き地だった)の一角を“隠し駐輪場”にして、バイク通学。
帰りは、10キロほど離れた峠まで学生服で走りに行った。
勿論、腕は未熟、おっかなびっくりで、コスプレガードナーの兄ちゃん達を
イラつかせながら、自分なりに楽しみながら走っていた。
ある日、帰宅しようと駐輪場に向って歩いていると、後ろから声を掛けられた。
582 :774RR:2010/01/31(日) 23:08:34 ID:Ule3v6OF
声を掛けて来たのは後輩のタカシだった。
タカシは、何となく“バイクサークル”の様になっている俺たちの仲間内に
ちょくちょく顔を出している1年生だ。
尤も、本人はあまりバイクの事は判らないらしく、俺たちのバイク談義に
いま一つ入り込めていないようだった。
「先輩?今帰りですか?」
「ん、なんか用か?」
「いや、先輩、どんなバイク乗ってるのかなって思って・・・?」
「いつも言ってるだろ、FZR250だよ、本当は88のNSR欲しかったんだけど
滅茶苦茶高かったし、まあ・・・・2ストは俺のキャラじゃねえし」
と見栄張って言い訳をしてみたり・・・が、タカシは今一つ理解していない様子だ。
まあ、見せてやるのが一番か・・・と俺とタカシは雑談をしながらバイクの下へ
向かった。
「うわーカッコいいですね!すげー!先輩、こんなデカいの乗れるんですか?」
大仰しく驚くタカシに俺もすっかり気が良くなった、
エンジンを掛け、フォン!フォン!とジェネシスを吹かしてみる。
「凄い!凄いですよ!」
「乗ってみるか?」
「え?」
「○○ん家でメット借りてきてやるよ、後ろ乗れよ」
「マジっすか!?乗ります!乗らせてください!」
俺は、仕方ないなあ・・・の様な素振りを見せながら、タカシを後ろに乗せた。
翌日から、タカシは俺の後を付いて回るようになった。
584 :774RR:2010/01/31(日) 23:20:53 ID:Ule3v6OF
すっかりバイクに嵌まってしまったタカシ。
俺は“責任を取る”形で、タカシのバイク免許取得→バイク購入
までをアドバイスする羽目になってしまう。
タカシの家に行って、両親とも、まだ小学生だった弟とも仲良くなった。
タカシは、家族の前で、俺の事を英雄の様に、目をキラキラ輝かせて話す。
「先輩にバイク乗せて貰わなければ、俺はバイクに目覚めなかったよ」
両親も、理解があり(父親は昔、ホンダCB72に乗っていた事もあるとの事)
タカシのバイク熱は突然ヒートアップして行った。
そして、程なく、タカシは苦労の末、中型二輪免許を取得、親から借金して
“FZ250フェザー”を購入した。
「先輩に少しでも近づきたい」と言う理由だった。
俺は一人っ子だった、俺の頃はまだ一人っ子はそれ程多い方ではなく、
俺はいつも回りの兄弟がいる連中が羨ましかった。
子供の頃、3人兄弟の従兄弟が遊びに来ると、末っ子の弟を
「叔母さん、3人もいるんだから、1人お家に頂戴」と真顔で行っていた事もあるそうだ。
タカシは、俺の事を実の兄の様に慕ってくれ、俺もいつしか実の弟の様に
可愛がっていた。
恋愛相談や進路の事、色々な事をタカシは俺に話してくれ、俺もタカシから
学ぶことが多かった。
1人の人間と、これほど真正面から向き合った事はそれまでの俺の人生で無かった。
俺が3年に上がって暫くして、俺が進学準備の為、暫くバイクに乗れなくなる事を告げると
タカシは寂しそうに「じゃあ、ツーリングに行きましょう」と言った。
585 :774RR:2010/01/31(日) 23:35:46 ID:Ule3v6OF
4月の初旬、爽やかな朝日の下、俺たちは浜松目指して出発した。
何故浜松なのか?それは、その時たまたま読んだバイク雑誌に浜松の
特集が乗っていたからだった。
俺たちは、その日の内に浜松に到着し、遠州海岸で野宿した。
その夜の会話は、もう20年近く経った今でも鮮明に覚えている。
焚き火の淡い光の中で(違法なので真似しないで下さい)タカシは家庭の事。
自分の将来への不安、そして、好きな女の子の事を俺に話した。
結局、寒い夜、焚き火を寝袋で囲むように朝方まで語り明かし、
翌日、日が高くなってから撤収して走り出した。
春の海、陽光がキラキラと輝く中、国道42号線を西に向かう。
湖西市から豊橋市に差し掛かる時、まるで海に吸い込まれそうになった。
次の信号でふと我に返る・・・
タカシがメットのバイザーを上げた。
「凄いですね先輩!空を飛んだみたいだ!」
一日、走り続けて、自宅まで帰り着く、
「先輩、俺にバイクを教えてくれて本当に有難うございました、俺、
どんなけ歳食っても、バイクを降りません、最高でした」
「俺も降りねえよ、お互い爺になってもツーリング行こうな」
「はい!約束ですよ!」
それから、俺は受験勉強に専念する事にして、バイクは暫くお預けとなった。
5月に最後の校外学習と言う物があった。
タカシが
「俺バイクで行って、先輩と那美さん(彼女)の邪魔しちゃります」
などと冷やかしていたが、受験勉強が忙しい俺は余り行く気はしなかった。
取り敢えずの行程を済まし、学校に帰る、那美と一緒に帰ろうと歩き始めた刹那。
教師が慌てた様子で駆け寄ってきた。
587 :774RR:2010/01/31(日) 23:44:42 ID:Ule3v6OF
「中平、お前2年の渡辺知ってるか?」
「タカシですか?」
「バイクで事故ったらしい、警察から照会があった・・・」
頭の中がキーンとなって、記憶が飛んだ。
その後、何があったのかは本当に良く覚えていない。
運ばれたと言う病院に駆けつけたら
「もう、こちらにはおられません」と言われた。
その時の、妙に事務的な病院職員の言葉は頭の中に微かに残っている。
「俺バイクで行って、先輩と那美さん(彼女)の邪魔しちゃります」
俺は冗談だと思っていたのに、朝から学校をフケて、バイクで俺たちの校外学習の
行き先まで来ていたらしい。
単独事故だった、100キロ近い速度で転倒、ヘルメットの顎紐を締めていなかったので
ヘルメットが脱げて頭を強打した。
病院に運ばれた時にはまだ生きていたが、懸命の救命活動のかいも無く、
俺が病院に駆けつける2時間ほど前に死んでいた。
※これは後から聞いた話だ。
俺は、呆然としていた、
確か、あの時、あの会話の時、俺は冗談で
「絶対に来いよ!約束だからな!」と言った・・・
俺の言葉を真に受けて・・・
俺は受験勉強も何も手がつかなくなってしまった。
589 :774RR:2010/01/31(日) 23:54:31 ID:Ule3v6OF
俺は、考える気力もなく、茫然自失になっていたが、
「取り敢えず・・・葬式には行かなければ」
重い足を引き摺り、タカシの葬式に出掛けていった。
親父さん、お袋さん、そして、中学生になったばかりの弟が
悲嘆にくれている。
俺が、あんな軽率な事を言わなければ、そもそも、俺がタカシをバイクに
乗せたりしなければ、この幸せな家族が壊れてしまうような事は無かった。
死んでしまいたい・・・本気でそう思った。
俺が焼香を済ませ、親父さんに礼をする、涙でくちゃくちゃの顔を無理に笑顔にして
親父さんが礼を返してくれた。
俺は、とても耐えられなくなって目を逸らす。
お袋さんは、泣いていなかった、ただ呆然とタカシの遺影を見つめていた。
俺は、お袋さんにも深々と礼をした。
「すみませんでした・・・」
そして、お袋さんの次の言葉に、俺は愕然とした。
「人殺し・・・」
その言葉に、感情はなかった、俺を非難した訳でも、詰った訳でもない。
ただ、淡々と繰り出された無味乾燥した言葉だった。
良く、“頭を殴られた”と表現する人がいるが、それは違う。
“ナイフで刺された”と表現する方が相応しい。
俺の、ある感情の部分は、そのナイフに抉られて、ぽっかりと穴が開いてしまった。
俺は、逃げるようにその場を後にした、いや、逃げたのだ。
590 :774RR:2010/02/01(月) 00:06:24 ID:4VpOeava
大学に入った、全てが新鮮で、自由な雰囲気に溢れていた。
俺は、“彼女同伴”での入学、タカシが居れば、散々冷やかしていただろう。
でも、当時の俺の心にタカシは居ない、“ナイフで抉られた部分”であったからだ。
そして、もう一つ“ナイフで抉られた部分”にバイクがあった。
自由な時間が持て、本格的にアルバイトの出来る大学時代こそ、
バイク乗りにとっては最高の時間である筈である。
でも、俺は、あの1件以来、すっぱりとバイクから降りた。
いや、正確にはバイクを嫌悪するようになっていた。
俺の青春の全てを台無しにした、悪しき乗り物として、敵視するようになっていた。
大学入学後、程なく四輪の免許を取得して、親父のサニーを借りて
大学の連中と面白おかしく過ごした4年間はさして記憶がない。
就活を終え、氷河期の中何とか職に有り付け、更に4年が経過した。
“腐れ縁”那美との結婚も控えたある日、仕事を終え、家に帰って
ポストを見ると、俺宛の封書が届いていた。
不思議に思って差出人を見ると、“渡辺香津子”タカシのお袋さんだった。
俺は、一瞬息を呑んだ、俺の中では永遠に忘れられない傷痕であり、
ぽっかり抜け落ちた場所、そんな古傷がズキズキと痛み始めた。
最初の内は、封書を放置していたが、古傷の痛みに耐えれそうにない。
又、俺の抜け落ちた場所を埋める何かがあるのかもしれない、
俺は、縋る気持ちで封書をあけた。
591 :774RR:2010/02/01(月) 00:15:16 ID:4VpOeava
前略
中平様、もう、随分昔の様にも思えますが、つい先日の事の様にも思えます。
私は、一時の感情に任せ、中平様に取り返しのつかない酷い事をしてしまい
本当に、なんとお詫びをしていいものか・・・卑怯にもこの様な形で懺悔する
無礼をお許し下さい。
タカシの事ですが、あの子は本当に幸せだったと思います。
お聞きとは思いますが、あの子は中学生の頃、酷い苛めにあって、人間不信に
陥っていました。
家庭内でも、私や主人に手を上げる事もあり、一時は「産まなければ良かった」
などと、本当に、親としては失格ではございますが、考えたりもしました。
でも、あの子は中平様と出会われて、変わりました、中平様の話をするあの子は
本当にキラキラして、学校にもロクに行かず、私たちに当り散らしてた
同じタカシとは思えませんでした。
中平様にバイクの素晴らしさを教えてもらったこと、人生の様々な事を
教えて貰った事、苦しい時や悲しい時も、親身に相談いただいた事、
実の兄、いや、それ以上に大切な存在だと考えていたように思います。
そんな中平様に対して、私は、本当に取り返しの付かない酷い事をしてしまいました。
本当にお許し下さい、タカシもきっと、天国で私の事を怒っているでしょう。
592 :774RR:2010/02/01(月) 00:26:07 ID:4VpOeava
シンジ(下の弟)が地方の大学に進学し、夫婦二人になって、主人とも
色々と話し合う機会が増えました。
私は、ふと、タカシの見ていた、最後に見ていた世界を見てみたいと
思い立ちました。
主人とも色々と相談した結果、オートバイを購入して、二人で
旅に出てみようと言う話になりました。
初めは私はタカシがオートバイに乗る事に反対でした、でも、今は
主人の隣で(サイドカーを購入された)草いきれの香る風を切る気持ちよさ
スピードと一体になる爽快さを感じて、
タカシがオートバイにのめり込む気持ちが凄く理解できるようになりました。
オートバイは、とても楽しい乗り物ですね、
そして、そんな楽しい乗り物の事を、タカシだけでなく、私たちにも教えて
下さった中平様には、本当に感謝いたします
草々
写真が落ちた、一枚にはサイドカーの脇に写る渡辺夫婦。
そして、もう一枚は、俺がタカシの両親の家で鍋を呼ばれた時の写真だ・・・
満面の笑みでピースサインを繰り出すタカシ、おどけた俺、苦笑いの両親と弟・・・
ポタ、ポタ、涙で便箋が濡れる。
俺のぽっかり開いた穴が、不完全だが、閉じられ始めた。
593 :774RR:2010/02/01(月) 00:40:45 ID:4VpOeava
俺は再びバイクに乗ろうと思った。
もう一度、“あの世界”を味わいたい、心からそう思った。
折りしも、限定解除が教習所で取れるようになると言う。
俺は、渋る那美を説き伏せて、大型二輪免許を取得した。
そして、その日、4月の陽光が輝く春の日、俺は近所のICの前で
V-MAXを停めていた。
程なく、Vツインの重低音が響いてくる。
俺の一礼にヘルメットを脱ぐ夫婦、俺が知っている彼らより、随分と
老けた感じは受けるが、目に宿る光は、タカシのキラキラしたあの眼差しだ。
「今日はどちらまで行きます?」
「浜松にウナギ食べに行きましょう」
え?と俺
「昨日、ツーリング雑誌に載っていたんですよ」
「ははは、親子だな・・・」
「え?」
「いえいえ、今日は、少しはシャキッと走ってくださいよ」
「中平さんのバイク、速過ぎるんですよ・・・買い換えようかな・・・」
「お母さんはどうするんです?」
「私も免許取ろうかしら」
新しく出来ていた潮見バイパスを走っている時、ふと後ろから声がした。
「先輩!最高ですね!空を飛んでるみたいですよ!」
普段、出て来ないくせに、バイクに乗ってると出てくるんだな、ゲンキンな奴。
『どうかしましたか?中平さん』『置いてかないでくださーい』
インカムから夫妻の声がする、おっと、少し調子に乗りすぎたらしい。
でも、多分、タカシはこんな俺たちを天国から笑顔で見ていてくれている筈だ。
長々と駄文すみませんでした。
俺はとある中規模都市の高校に通学していた。
世に“3ない運動”などが特にとやかく言われた時期だったが
ウチの地域は、10年ほどで、急速に発展した地域。
昔は遠方からのバイク通学の学生も多く、バイクの免許取得には
特に目くじらを立てるような事は無かった。
(学生証に“通学、自宅手伝いの為の軽四輪免許の取得は認めるなどとあった)
80年代の最末期、昭和もそろそろ終わりを迎えようとしている頃だった。
当時、バイクブームは一応の落ち着きを見せ始めていたが、バイクの持つ情熱はまだまだ熱く、
俺も、その情熱の虜になった1人だった。
はじめはNS50Fを購入して“ギア付き”に目覚め、やがて、死ぬ気でバイトして
親の助けもあって、中古車でFZR250を購入した。
俺は舞い上がり、高校までの通学にバイクを使うようになった。
友人の家の土地(空き地だった)の一角を“隠し駐輪場”にして、バイク通学。
帰りは、10キロほど離れた峠まで学生服で走りに行った。
勿論、腕は未熟、おっかなびっくりで、コスプレガードナーの兄ちゃん達を
イラつかせながら、自分なりに楽しみながら走っていた。
ある日、帰宅しようと駐輪場に向って歩いていると、後ろから声を掛けられた。
582 :774RR:2010/01/31(日) 23:08:34 ID:Ule3v6OF
声を掛けて来たのは後輩のタカシだった。
タカシは、何となく“バイクサークル”の様になっている俺たちの仲間内に
ちょくちょく顔を出している1年生だ。
尤も、本人はあまりバイクの事は判らないらしく、俺たちのバイク談義に
いま一つ入り込めていないようだった。
「先輩?今帰りですか?」
「ん、なんか用か?」
「いや、先輩、どんなバイク乗ってるのかなって思って・・・?」
「いつも言ってるだろ、FZR250だよ、本当は88のNSR欲しかったんだけど
滅茶苦茶高かったし、まあ・・・・2ストは俺のキャラじゃねえし」
と見栄張って言い訳をしてみたり・・・が、タカシは今一つ理解していない様子だ。
まあ、見せてやるのが一番か・・・と俺とタカシは雑談をしながらバイクの下へ
向かった。
「うわーカッコいいですね!すげー!先輩、こんなデカいの乗れるんですか?」
大仰しく驚くタカシに俺もすっかり気が良くなった、
エンジンを掛け、フォン!フォン!とジェネシスを吹かしてみる。
「凄い!凄いですよ!」
「乗ってみるか?」
「え?」
「○○ん家でメット借りてきてやるよ、後ろ乗れよ」
「マジっすか!?乗ります!乗らせてください!」
俺は、仕方ないなあ・・・の様な素振りを見せながら、タカシを後ろに乗せた。
翌日から、タカシは俺の後を付いて回るようになった。
584 :774RR:2010/01/31(日) 23:20:53 ID:Ule3v6OF
すっかりバイクに嵌まってしまったタカシ。
俺は“責任を取る”形で、タカシのバイク免許取得→バイク購入
までをアドバイスする羽目になってしまう。
タカシの家に行って、両親とも、まだ小学生だった弟とも仲良くなった。
タカシは、家族の前で、俺の事を英雄の様に、目をキラキラ輝かせて話す。
「先輩にバイク乗せて貰わなければ、俺はバイクに目覚めなかったよ」
両親も、理解があり(父親は昔、ホンダCB72に乗っていた事もあるとの事)
タカシのバイク熱は突然ヒートアップして行った。
そして、程なく、タカシは苦労の末、中型二輪免許を取得、親から借金して
“FZ250フェザー”を購入した。
「先輩に少しでも近づきたい」と言う理由だった。
俺は一人っ子だった、俺の頃はまだ一人っ子はそれ程多い方ではなく、
俺はいつも回りの兄弟がいる連中が羨ましかった。
子供の頃、3人兄弟の従兄弟が遊びに来ると、末っ子の弟を
「叔母さん、3人もいるんだから、1人お家に頂戴」と真顔で行っていた事もあるそうだ。
タカシは、俺の事を実の兄の様に慕ってくれ、俺もいつしか実の弟の様に
可愛がっていた。
恋愛相談や進路の事、色々な事をタカシは俺に話してくれ、俺もタカシから
学ぶことが多かった。
1人の人間と、これほど真正面から向き合った事はそれまでの俺の人生で無かった。
俺が3年に上がって暫くして、俺が進学準備の為、暫くバイクに乗れなくなる事を告げると
タカシは寂しそうに「じゃあ、ツーリングに行きましょう」と言った。
585 :774RR:2010/01/31(日) 23:35:46 ID:Ule3v6OF
4月の初旬、爽やかな朝日の下、俺たちは浜松目指して出発した。
何故浜松なのか?それは、その時たまたま読んだバイク雑誌に浜松の
特集が乗っていたからだった。
俺たちは、その日の内に浜松に到着し、遠州海岸で野宿した。
その夜の会話は、もう20年近く経った今でも鮮明に覚えている。
焚き火の淡い光の中で(違法なので真似しないで下さい)タカシは家庭の事。
自分の将来への不安、そして、好きな女の子の事を俺に話した。
結局、寒い夜、焚き火を寝袋で囲むように朝方まで語り明かし、
翌日、日が高くなってから撤収して走り出した。
春の海、陽光がキラキラと輝く中、国道42号線を西に向かう。
湖西市から豊橋市に差し掛かる時、まるで海に吸い込まれそうになった。
次の信号でふと我に返る・・・
タカシがメットのバイザーを上げた。
「凄いですね先輩!空を飛んだみたいだ!」
一日、走り続けて、自宅まで帰り着く、
「先輩、俺にバイクを教えてくれて本当に有難うございました、俺、
どんなけ歳食っても、バイクを降りません、最高でした」
「俺も降りねえよ、お互い爺になってもツーリング行こうな」
「はい!約束ですよ!」
それから、俺は受験勉強に専念する事にして、バイクは暫くお預けとなった。
5月に最後の校外学習と言う物があった。
タカシが
「俺バイクで行って、先輩と那美さん(彼女)の邪魔しちゃります」
などと冷やかしていたが、受験勉強が忙しい俺は余り行く気はしなかった。
取り敢えずの行程を済まし、学校に帰る、那美と一緒に帰ろうと歩き始めた刹那。
教師が慌てた様子で駆け寄ってきた。
587 :774RR:2010/01/31(日) 23:44:42 ID:Ule3v6OF
「中平、お前2年の渡辺知ってるか?」
「タカシですか?」
「バイクで事故ったらしい、警察から照会があった・・・」
頭の中がキーンとなって、記憶が飛んだ。
その後、何があったのかは本当に良く覚えていない。
運ばれたと言う病院に駆けつけたら
「もう、こちらにはおられません」と言われた。
その時の、妙に事務的な病院職員の言葉は頭の中に微かに残っている。
「俺バイクで行って、先輩と那美さん(彼女)の邪魔しちゃります」
俺は冗談だと思っていたのに、朝から学校をフケて、バイクで俺たちの校外学習の
行き先まで来ていたらしい。
単独事故だった、100キロ近い速度で転倒、ヘルメットの顎紐を締めていなかったので
ヘルメットが脱げて頭を強打した。
病院に運ばれた時にはまだ生きていたが、懸命の救命活動のかいも無く、
俺が病院に駆けつける2時間ほど前に死んでいた。
※これは後から聞いた話だ。
俺は、呆然としていた、
確か、あの時、あの会話の時、俺は冗談で
「絶対に来いよ!約束だからな!」と言った・・・
俺の言葉を真に受けて・・・
俺は受験勉強も何も手がつかなくなってしまった。
589 :774RR:2010/01/31(日) 23:54:31 ID:Ule3v6OF
俺は、考える気力もなく、茫然自失になっていたが、
「取り敢えず・・・葬式には行かなければ」
重い足を引き摺り、タカシの葬式に出掛けていった。
親父さん、お袋さん、そして、中学生になったばかりの弟が
悲嘆にくれている。
俺が、あんな軽率な事を言わなければ、そもそも、俺がタカシをバイクに
乗せたりしなければ、この幸せな家族が壊れてしまうような事は無かった。
死んでしまいたい・・・本気でそう思った。
俺が焼香を済ませ、親父さんに礼をする、涙でくちゃくちゃの顔を無理に笑顔にして
親父さんが礼を返してくれた。
俺は、とても耐えられなくなって目を逸らす。
お袋さんは、泣いていなかった、ただ呆然とタカシの遺影を見つめていた。
俺は、お袋さんにも深々と礼をした。
「すみませんでした・・・」
そして、お袋さんの次の言葉に、俺は愕然とした。
「人殺し・・・」
その言葉に、感情はなかった、俺を非難した訳でも、詰った訳でもない。
ただ、淡々と繰り出された無味乾燥した言葉だった。
良く、“頭を殴られた”と表現する人がいるが、それは違う。
“ナイフで刺された”と表現する方が相応しい。
俺の、ある感情の部分は、そのナイフに抉られて、ぽっかりと穴が開いてしまった。
俺は、逃げるようにその場を後にした、いや、逃げたのだ。
590 :774RR:2010/02/01(月) 00:06:24 ID:4VpOeava
大学に入った、全てが新鮮で、自由な雰囲気に溢れていた。
俺は、“彼女同伴”での入学、タカシが居れば、散々冷やかしていただろう。
でも、当時の俺の心にタカシは居ない、“ナイフで抉られた部分”であったからだ。
そして、もう一つ“ナイフで抉られた部分”にバイクがあった。
自由な時間が持て、本格的にアルバイトの出来る大学時代こそ、
バイク乗りにとっては最高の時間である筈である。
でも、俺は、あの1件以来、すっぱりとバイクから降りた。
いや、正確にはバイクを嫌悪するようになっていた。
俺の青春の全てを台無しにした、悪しき乗り物として、敵視するようになっていた。
大学入学後、程なく四輪の免許を取得して、親父のサニーを借りて
大学の連中と面白おかしく過ごした4年間はさして記憶がない。
就活を終え、氷河期の中何とか職に有り付け、更に4年が経過した。
“腐れ縁”那美との結婚も控えたある日、仕事を終え、家に帰って
ポストを見ると、俺宛の封書が届いていた。
不思議に思って差出人を見ると、“渡辺香津子”タカシのお袋さんだった。
俺は、一瞬息を呑んだ、俺の中では永遠に忘れられない傷痕であり、
ぽっかり抜け落ちた場所、そんな古傷がズキズキと痛み始めた。
最初の内は、封書を放置していたが、古傷の痛みに耐えれそうにない。
又、俺の抜け落ちた場所を埋める何かがあるのかもしれない、
俺は、縋る気持ちで封書をあけた。
591 :774RR:2010/02/01(月) 00:15:16 ID:4VpOeava
前略
中平様、もう、随分昔の様にも思えますが、つい先日の事の様にも思えます。
私は、一時の感情に任せ、中平様に取り返しのつかない酷い事をしてしまい
本当に、なんとお詫びをしていいものか・・・卑怯にもこの様な形で懺悔する
無礼をお許し下さい。
タカシの事ですが、あの子は本当に幸せだったと思います。
お聞きとは思いますが、あの子は中学生の頃、酷い苛めにあって、人間不信に
陥っていました。
家庭内でも、私や主人に手を上げる事もあり、一時は「産まなければ良かった」
などと、本当に、親としては失格ではございますが、考えたりもしました。
でも、あの子は中平様と出会われて、変わりました、中平様の話をするあの子は
本当にキラキラして、学校にもロクに行かず、私たちに当り散らしてた
同じタカシとは思えませんでした。
中平様にバイクの素晴らしさを教えてもらったこと、人生の様々な事を
教えて貰った事、苦しい時や悲しい時も、親身に相談いただいた事、
実の兄、いや、それ以上に大切な存在だと考えていたように思います。
そんな中平様に対して、私は、本当に取り返しの付かない酷い事をしてしまいました。
本当にお許し下さい、タカシもきっと、天国で私の事を怒っているでしょう。
592 :774RR:2010/02/01(月) 00:26:07 ID:4VpOeava
シンジ(下の弟)が地方の大学に進学し、夫婦二人になって、主人とも
色々と話し合う機会が増えました。
私は、ふと、タカシの見ていた、最後に見ていた世界を見てみたいと
思い立ちました。
主人とも色々と相談した結果、オートバイを購入して、二人で
旅に出てみようと言う話になりました。
初めは私はタカシがオートバイに乗る事に反対でした、でも、今は
主人の隣で(サイドカーを購入された)草いきれの香る風を切る気持ちよさ
スピードと一体になる爽快さを感じて、
タカシがオートバイにのめり込む気持ちが凄く理解できるようになりました。
オートバイは、とても楽しい乗り物ですね、
そして、そんな楽しい乗り物の事を、タカシだけでなく、私たちにも教えて
下さった中平様には、本当に感謝いたします
草々
写真が落ちた、一枚にはサイドカーの脇に写る渡辺夫婦。
そして、もう一枚は、俺がタカシの両親の家で鍋を呼ばれた時の写真だ・・・
満面の笑みでピースサインを繰り出すタカシ、おどけた俺、苦笑いの両親と弟・・・
ポタ、ポタ、涙で便箋が濡れる。
俺のぽっかり開いた穴が、不完全だが、閉じられ始めた。
593 :774RR:2010/02/01(月) 00:40:45 ID:4VpOeava
俺は再びバイクに乗ろうと思った。
もう一度、“あの世界”を味わいたい、心からそう思った。
折りしも、限定解除が教習所で取れるようになると言う。
俺は、渋る那美を説き伏せて、大型二輪免許を取得した。
そして、その日、4月の陽光が輝く春の日、俺は近所のICの前で
V-MAXを停めていた。
程なく、Vツインの重低音が響いてくる。
俺の一礼にヘルメットを脱ぐ夫婦、俺が知っている彼らより、随分と
老けた感じは受けるが、目に宿る光は、タカシのキラキラしたあの眼差しだ。
「今日はどちらまで行きます?」
「浜松にウナギ食べに行きましょう」
え?と俺
「昨日、ツーリング雑誌に載っていたんですよ」
「ははは、親子だな・・・」
「え?」
「いえいえ、今日は、少しはシャキッと走ってくださいよ」
「中平さんのバイク、速過ぎるんですよ・・・買い換えようかな・・・」
「お母さんはどうするんです?」
「私も免許取ろうかしら」
新しく出来ていた潮見バイパスを走っている時、ふと後ろから声がした。
「先輩!最高ですね!空を飛んでるみたいですよ!」
普段、出て来ないくせに、バイクに乗ってると出てくるんだな、ゲンキンな奴。
『どうかしましたか?中平さん』『置いてかないでくださーい』
インカムから夫妻の声がする、おっと、少し調子に乗りすぎたらしい。
でも、多分、タカシはこんな俺たちを天国から笑顔で見ていてくれている筈だ。
長々と駄文すみませんでした。




