ムスタファ・ケマル像を串本へ

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日ト友好の象徴に
ムスタファ・ケマル像を串本へ

アタチュルク初代大統領の銅像

 トルコのメルシャン市と姉妹都市提携を結んでいる串本町。
 明治23年、当時のオスマントルコ帝国特派使節を乗せた軍艦エルトゥールル号が大島沖で遭難。この大惨事で命を落とした乗員将校は実に587名。串本の人々は生存者の救出、遺体の収容から埋葬まで、献身的に動いた。このことが、串本とトルコの心を結びつけ、今日に至る「日ト友好」の原点になっている。
 が、あろうことか、この友好に翳りが見え始めているという。発端は新潟県柏崎市。平成8年、同市に「トルコ文化村」が開園した折、その祝いとしてトルコから贈られたのが、建国の父「ムスタファ・ケマル・アタチュルク初代大統領」像。 
 馬上颯爽と手綱ひく豪快な銅像である。が、パークは二度にわたって閉園、再建を断念した市は18年、「トルコとの友好関係に配慮する」との条件をつけ、上越市の会社に像も含めて売却した。同社は、19年6月、施設を改装して結婚式場を始めたが、1ヶ月半後、中越沖地震が発生、倒壊の恐れから像は台座から外され、行き場を失ったまま。当初は屋外に横倒しのままという経緯もあり、「建国の父に対して非礼だ」とトルコ紙でも報道された。そこへ市と会社間で民有地を巡る訴訟が発生、銅像の移設もままならぬ状況が続いてきたのである。
 「友好を阻害するものは、早く解除したい」。事態を憂慮した愛知県の会社員、江口保さん(20)らが「ムスタファ・ケマル像を移転する会」を立ち上げ、ネット上で署名活動を展開するなどして、事態収拾への動きを見せ始めた。

大難にもめげず活動

串本・大島にある遭難慰霊碑

 一方、トルコ側でも、一刻も早い解決を希望、120年の友好ある串本町に移設してほしいと申し入れたとのこと。こうした事態を受け、串本町の今福廣司さんらは「日ト友好 串本ムスタファ・ケマル像を救う会」を立ち上げ、精力的に啓発・署名活動を展開している。「元々、この像は、私どもの大島、トルコ軍艦遭難慰霊碑の傍にあるのが良い。町長・町議会も諸手を挙げて賛成している。来年6月には串本、トルコ友好120周年記念事業も大々的に行われる。それまでになんとしても移設を実現してほしい」と今福さん。自身、火災で家屋を焼失するという大難にもめげず活動する「ラストさむらい」。熱い思いが、町民はもとより、和歌山県民に届いてもらいたいと意気込んでいる。
 問合せはTEL0735-65-0399 今福さんまで。



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