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FMビーチステーション 番組「待ったなし防災」

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FMビーチステーション
番組「待ったなし防災」で
4/19 現地収録

 FMビーチステーションでは、和歌山大学防災研究教育プロジェクトの今西武氏(和大客員教授)企画監修のもと、番組「待ったなし防災」(毎月曜16:30~/2~5週の月曜は再放送)を制作・オンエアーしているが、5月・6月の放送分として『“自主防災活動”大変だけどやってみよう!』を企画。4月19日(日)に収録した。

自主防災について討論


 5月オンエアー分はスタジオ内トーク。
 岡本幸子パーソナリティーが進行し、此松昌彦和大教授(県防災研究教育プロジェクト代表)、小松太賀雄氏(県危機管理局総合防災課)坂上喜夫氏(白浜町中地区区長)、正木雅就氏(白浜町役場防災対策室)の防災トーク。
 「自主防災組織の組織率は県全体で71.5%(地区数%)。白浜は57%(人口%)。率も伸ばさなければならないが、むしろ活動の中味が問題」「自主防災の活動プログラムが必要。先進事例、中地区の活動が参考になる」と言った自主防災の現状と活性化策、『紀の国防災人づくり塾』や防災士の育成などについて討論した。

歩いてこそ気づく


歩きながら危険を指摘


誘導看板も位置が高すぎる


 6月オンエアー分の収録では“「緊迫感」「リアリティ」がほしい”との事から11時にスタジオを出発。湯崎の「牟婁の湯」から避難所の白浜第2小学校まで避難コース(高低差約60メートル)を歩き、現地ロケを行った。
 ロケにはコメンテイターとして県内在住の女性防災士グループ「3W・わかやまウィメンズワッチタワー」から市場美佐子代表、山下真理、三和田真由美、幾島浩恵さんの4人が参加。坂上中地区区長、今西客員教授が同行し、歩きながら「昭和南海地震の被害状況、津波の話」「津波到達時間内に避難できるか」「家屋倒壊、電柱断裂など揺れの被害で危ない所は」「その時自主防災ができることは?」など、防災上の視点から様々な指摘をした。
 “いずれ起こる”と言われている巨大地震。でも、地元には案外切迫感がない。「出たとこ勝負」や「あきらめ半分」では“いざ避難”“避難所生活”となった時に困る。午後4時半からのオンエアー。できるだけ多くの方に聴いて頂きたい番組だ。
 (問)TEL0739-82-2161、FMビーチステーション。



休刊のお知らせ

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休刊のお知らせ

 いつも身近な話題をお茶の間にお届けしてご愛読戴いております生活ニュースは、日曜日ごと月4回の発行。日曜日が5回ある今月は次週10日号を休刊とさせて戴きます。

また、週1回の記事掲載を行っております当ブログも5月10日は更新予定はございません。
今後とも宜しくお願い致します。

生活ニュース社 編集部

国際ソロプチミスト和歌山紀南「論文・ディスカッション」を募集

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水と生命」をテーマに「論文・ディスカッション」を募集
対象は女子高生
国際ソロプチミスト和歌山紀南


 国際ソロプチミスト和歌山紀南(狩谷貴子会長)では、第13回クラブユースフォーラムを開催するに当たり、「水と生命(いのち)」をテーマに、「論文並びにディスカッション」参加者を次の通り募集している。

●応募要項=テーマに基づく論文(原稿用紙3枚1200字程度)。英語スピーチはなし
●応募資格=女子高校生(国籍は不問)
●申込締切=5/11(月)
開催要項 
 ★日時=5/16(土)
 ★場所=ガーデンホテルハナヨ
 ★内容=論文発表とディスカッション
 参加賞に図書券。最優秀賞者は、紀南地方代表として「日本中央リジョンユースフォーラム2009in琵琶湖」(大津プリンスホテル、琵琶湖ビアンカ船上)に参加する

 21世紀を担う女子高校生と留学生が語り合い、国際的な視野を広めると共にフォーラムを通じて学びあい、友情を深めるすばらしい機会。
 論文発表とディスカッションはその前段として開催する。
 (問)はTEL0739-25-1241 同実行委員会(那須明子委員長)まで。
 国際ソロプチミストとは、実業界で活躍する女性、専門職に従事する女性の国際的なボランティア奉仕組織。約9万人以上の会員が125以上の国と地域で地域社会と世界中の女性・女児の生活向上のための活動や財政・生活支援を展開。
 和歌山紀南は1980年10月23日、日本で103番目、県下4クラブ中、2番目に認証。これまで田辺市制50周年で新庄総合公園に桜の記念植樹▼自然環境の大切さを学ぶため幼稚園に「ソーラーカー」の寄贈▼盲導犬育成支援▼天神崎の自然を守る会支援▼いちいがしの会支援▼ふたば作業所への資金援助▼田辺市立図書館への大型活字図書購入費の寄付▼南紀養護学校の卒業生に記念品を贈り門出を祝す▼高校生の弁論大会(ユースフォーラム)を隔年開催▼子育て支援事業等々、幾多の活動。会では意欲ある女子学生の参加を期待している。

江川龍王講が 海龍寺で「初不動」

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4/28  江川龍王講が 海龍寺で「初不動」
勤行後には投餅も

江川「海龍寺」


 修験者の本山、大峯山「龍泉寺」の覚えも高い「龍王講」。先達(せんだつ)・大先達として、また田辺祭の法螺貝衆でも知られているが、本拠としているのが田辺市江川にある「海龍寺」。古い歴史を刻んできた。
 そんな江川「海龍寺」で4月28日火曜日午前11時30分から「初不動」が勤行され、勤行後には午後1時から堂前で投餅が行われる。

 江川「龍王講」の歴史は古く、伝えでは熊野社が田辺に鎮座した前にさかのぼる。
 その昔、現在の海龍寺から牟婁保育所付近には、「龍泉寺」(田辺市古尾)の前身となる寺院があった。大地震の津波で破壊、現在地に移ったとされる。
 また江戸時代、田辺の地に入った安藤家は、同寺の西に隣接して「洲崎城」を築城(明確ではないが、現在の浦安社周辺)、前出の地震・津波で倒壊し、川向かいの上屋敷に再築城(錦水城)を余儀なくされた。
 城の陣張り、町屋の規模から考えて、後世の錦水城より小規模だっただろうが、洲崎城には新宮丹鶴城のような小さな天守閣があった可能性だってある。今も江川地内には「塀(へい)の丁/へノ丁」「中町」と言った城下町独特の呼称地名があるほか、安藤氏が入城したおりに同行されてきたのであろう「前田」「武田」「柴田」「木下(豊臣遠戚)」「恵中」など、田辺周辺にあまりない当時の武士の名を名乗る家が多く残る。
 中世の港では大きな舟はほとんど河口に停泊し、そこから川岸の淵へ小舟で荷物を搬送した。城が移った後も、江川の川辺り地区が後世まで荷揚げ場だった事は絵図にも残っている。
 そんな歴史風情を秘めた同地の古いお堂。龍王講の勤行はこれからも永々と続く。

初不動の勤行(昨年)

年間勤行予定
 【2月】鹿島神社節分祭/高山寺初不動【4月】春の弘法さん/江川海龍寺初不動【7月】夏の弘法さん/地蔵寺金比羅宮祭礼/田辺まつり【8月】大峯山参拝(大峯山寺・龍泉寺)【10~12月】能満寺柴燈護摩・火渡り/地蔵寺「鳴り釜」祭行



那須与一・那須定守 伝説の里

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那須与一・那須定守 伝説の里
文化財として・観光活用としてアピールを!

与一ゆかりの長野八幡神社

 田辺市の長野地区に、那須与一とその親族・子孫にまつわる伝説や足跡、そして文化財があることをご存じだろうか?。源平合戦、屋島の戦いで一躍有名になったのが那須与一宗高。実は、合戦を終え相州鎌倉に立ち戻ったあと、有力御家人「梶原氏」との確執で鎌倉を逃れ仏門に入った。戦への懺悔からか、熊野へ参詣の旅に出たと古文書にも記載がある。伝承は、帰り道に長野の里に立ち寄りその地で生涯を全うしたと言う話だ。

 古文書や伝承、足跡の文化財などから、この話は真実ではないだろうか。
 実は、根拠に結びつく事柄がいろいろとある。
【その一】は与一の出奔・出家。これには「墓の所在地」もからむ。
 田辺市長野西原の、如々山「不動寺」(開創正平年間・1346~1370)には、与一の墓と伝えられる古石塔やナギの木がある。

与一の墓とされる石塔(不動寺)

 那須氏は元々、奥州藤原姓。源義経が弁慶たちと鎌倉へ向かうおり、与一は父、藤原資隆と共に秀衡館から出陣。戦功で一族が「那須姓」を賜った。
 関東には元来、那須の地名があった。栃木県大田原市には那須神社や那須氏菩提寺「玄性寺」がある。だが「墓所」と呼ばれる場所は、分骨所の京都泉涌寺即成院、他に神戸市須磨区碧雲寺宗照院・岡山県井原市など全国に多くある。那須氏の領地の関係だ。だがここで大事なのは梶原氏との確執と、出奔し仏門に入り熊野参詣したと言う事実。つまり半ば追われる身だった。後述するが、だから後に親族の那須定守が与一の墓を捜しにきた。自然な流れからして不動寺が有力だ。全国に多くある墓は分骨か骨のない供養塔だろう。

谷坂別邸の那須佐源次夫妻の墓(小川谷奥)


谷坂から移された子孫の墓(下地)

弁慶と行動を共にした

【その二】は与一の兄弟。与一は12人兄弟の11番目で享年23歳、子はなかった。十郎までは平家に加勢。源氏に加勢したのは、父「藤原資隆」と「与一宗高」と別腹の弟「宗晴」。3人の武勲で那須姓を賜り、生き残って潜伏していた兄たちも幕府に許され本拠に戻ったとある。おもしろいのは、兄弟が後に名乗った名前だ。
 太郎光隆(森田氏)、次郎泰隆(佐久山氏)三郎幹隆(芋淵氏)四郎久隆(福原氏)五郎之隆(那須氏)六郎實隆(滝田氏)七郎満隆(沢村氏)八郎義隆(堅田氏)九郎朝隆(稗田氏)十郎為隆(戸福寺氏)、そして与一宗高、腹違いの弟、宗晴。兄2人に、私たちになじみがある堅田氏・稗田氏の名前が出てくる。しかも与一は弁慶と行動を共にした。この地との関係があった事は否めない。
【その三】は、長野東原の「八幡神社」。与一の差配で1185年に創建した(明治大水害までは川沿いにあった)とされ、鎌倉から持参した御神体が祀られているほか、熊野参詣のおり速玉大社から譲り受けたと言う「梛(ナギ)」の巨木が代々残る。
「梛」はイザナギ命につながる平家の神木。あやめた平家の武将への思いもあったのだろう。

定守の墓捜しが真実の証

【その四】は、今も長野から三栖にかけて多くの那須姓がある事。全国に那須姓の多い土地が数箇所あるが、関東の本拠地周辺には那須姓が少ない。鎌倉・室町・安土桃山と続く戦乱で滅んでしまったか、他の姓に変わったのだろう。各地にあるのは領地に分家となった多くの子供たちが移り住んだからで、長野には親族の「那須定守」が赴任した。
【その五】は、不動寺の記録。開山から数十年経た応永年間(1394~1428)に「那須定守」の一行が与一終焉の地を捜して全国を行脚、不動寺に墓を見つけ、この地の地頭となる事を請願。正式に地頭として赴任。その後、同寺を拡張整備し、併せて西原(現在は東原に再建)に、もう一つの寺院「光福寺」(古くは長福寺)を建立した、とある事。
【その六】は、現代の話。与一の墓と定守末裔の所在を捜しに調査メンバーが関東から長野の地を訪れたり、栃木県太田原市に残る系図と、長野のそれが附合する事だ。
【その七】は、地頭「定守」以降の地元の記録。定守の一族は、馬我野(上野)を拠点に、長野の東原・西原から上三栖までの一帯を領し、「古城山(後代山城)」「エコン城」、三栖谷を眼下に臨む前山「浄土山」に見張りの城「浄土山城」を構築したとの伝え。やがて戦乱の世。地元豪族との間に領地争いがあり、戦に破れその地位を失った。だが子孫は残った。それがこの地の那須姓だと言う。

状況証拠が揃っている

 これだけの足跡や記録、伝承があるのに、なぜ田辺は『那須与一・定守の里』として宣言し、もっとアピールしないのだろうか?那須地方と交流したって良いのに? 過去に長野郷明会がパンフレットを発行しただけで後がない…。
 那須与一が、関東の郷里から離れたのは史実。学術的に見て「不動寺」の墓が那須与一の墓と明確に裏づけられる証拠はないかもしれない。だが、中世に定守が全国を捜して「ここだ!」とした事実がある。地元には、与一・定守にまつわる刀や茶碗もある。状況証拠が揃っているではないか。

柔軟に考えて「文化財」に

 那須家領地の一つ、岡山県井原市には那須与一の五輪供養塔があり、それが墓として観光に活かされている。頭を柔らかく、柔軟に考え“宣言したほうが勝ち”としているのだ。
 田辺の「弁慶さん」だって同じ事。全国に逸話があるが、状況証拠でここだと言っているではないか。
 弓にまつわる点で言えば、和佐大八郎の墓所だってある。弓道で活躍する神島高校だってある。事実がどう…、根拠がどう…、と言う前に、田辺には「物」がある。「那須姓」がある。
 お寺や足跡(そくせき)を、まとめて「市文化財特別地域」に指定しても何ら問題ないと感じる。

那須定守の供養塔(エコン城・殿段)

文化財と観光

 田辺には全国に通じる多くの素材がある。それらを「文化財」として前面に打ち出し、物語を創る。テレビやマスコミを通じて全国にアピールする。さらに、訪れて宿泊できる何らかのシステムを創る。そうしなければ「観光」と線で繋がらず、お金の落ちる仕組みにはならない。
 つまり文化的財産も宝の持ち腐れとなる。まずは文化財指定を、と考えるのだが、いかがなものだろうか?

大盛会! 愛の会和歌山 チャリティーバザー

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大盛会! 愛の会和歌山 チャリティーバザー
白浜町大古 弓矢八幡で

 サハリン残留韓国人一世支援、韓国原爆被爆者支援等々、我が国との関わりの中、恵まれない状況に置かれたままの人々に、粘り強い援助の手を差し伸べ、更には戦火におののくアフガニスタン、カンボジア等々にも熱い心を送ってきたのが「愛の会和歌山」(白浜町大古、弓矢八幡・林丈嗣代表)だ。これが支援のために、毎年4月に実施されるチャリティーバザーは、今や日置地域の一大イベントにまで成長した。

華やかにテープカット



 第27回目となる今年は、4月12日(日)に開催。晴天下、大勢の人たちが「掘り出し物を求めて」どっと押し寄せた。 
 会場は社殿に隣接する広場と梅干乾燥用倉庫。
 テントが幾つも立ち並び、売り声が飛び交う。安くて良い物を求めて、中は押し合いへしあいの大盛況。日用雑貨、衣類、おもちゃをはじめ、オデンや焼きそば、たこ焼き等々おなじみの屋台。青森のりんご、みなべ町堺港からのとれたて魚類、赤飯にチラシ寿司。
 倉庫ではうどん、ラーメン、コーヒー、ジュースと大賑わい。日置川みどり園も得意の陶芸作品で彩を添えた。
 昼前には、徳間ジャパン歌手、小芝葉子さんのチャリティーショーも開催され、会場からはやんやの喝采。


タカアシガニを競りに

注目を集めたカニの競り


 そんな中、ひときわ目を引いたのが、堺港から持ち込まれた「タカアシガニ」。
 朝、ヒラメ漁の網にひっ掛かったとて、生きたままで持ち込まれた。甲羅は大人の顔くらいとかなりでっかい。さっそく競りに掛けたところ、白浜町の主婦が4000円で落札した。聞けば焼いて食べるとのこと。
 「カニの足は焼くと美味しい。でも、甲羅には身がないし、今は月夜なので余り身が入っていないかも」とちょっぴり心配そう。「まぁチャリティーですから、お役に立てばそれでいい」とキッパリ。
 今回のチャリティーバザーの収益は全部で1704385円(4/12現在)。

にぎわうテント内


海外にも寄付

 寄贈先は、WCRP世界宗教者平和会議、アフガニスタン学校建設、カンボジア井戸建設のほか、白浜町社会福祉協議会、みどり園、コスモス作業所、和歌山県神道青年会、万歩会、いきいき作業所など。
 地域の荒ぶる魂を鎮め、人々の心の安寧を願う。弓矢八幡(林馨教主)の愛深い思想と行動は、世界平和の基(もとい)である。
 問合せはTEL0739-52-2165まで。


南紀白浜『海開き』~本州で一番早い夏!~

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5月3日祝日は白良浜へ
南紀白浜『海開き』
~本州で一番早い夏!~

さあ、夏本番!!

 暖冬で梅も桜も、まるで季節を追い越して行くかのような早咲き。
 そんな陽気が続く南紀地方では例年以上に夏が早そうな気配。5月3日の憲法記念日には、白良浜で午前9時から『海開き』が盛大に催される。
 このぶんじゃ「5月中に白浜で30度を記録!」なんてことになるかも…。

砂まつり申し込みは4月24日まで

申込み迫る「砂まつり」



 午前9時からの安全祈願の神事式典に続き、浜辺の一斉清掃、テープカットで「初泳ぎ!」。そのあと、フラダンス・ビーチフラッグス・スカイダイビングと、イベントが展開される
 白浜の夏は初秋の9月まで、楽しいイベントや花火大会などで大いに盛り上がる。
 5月24日(日)には、豪華賞品が魅力! 第41回「砂まつり大会」を開催。白良浜の真っ白な砂を使った体験型芸術コンクールは、全国に知れ渡る人気だ。
 当日の審査は12:30から、結果発表は14:00となっている。
 参加の申し込みは白浜観光協会へ4月24日(金)までに。
 白浜には海だけじゃなく「清流・日置川」や「熊野古道・大辺路街道」もある。組み合わせ自在。夏の白浜でエンジョイを! 問合せ先/TEL43-5511、白浜観光協会。http://www.nanki-shirahama.com

白浜イベントスケジュール
▼5/3(憲法記念日)白良浜「海開き」
▼5/24(日)第41回砂まつり大会(白良浜)
▼5/23・24(土・日)第10回南紀白浜壽野球(白浜球場ほか)
▼6/1(日)有馬皇子 記念式典 献湯祭 温泉神社式典(湯崎)
▼【南紀白浜・海人祭(白良浜)】6/6(土)前夜祭、6/7(日)イベントいろいろ
▼6/27・28(予定)
ビーチフットボール大会




「清姫堂」落慶法要、並びに例大祭

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福巖禅寺(一願寺)
「清姫堂」落慶法要、並びに例大祭

福巖禅寺

4/23(木)
午前11時より 会式執行  終了後 投餅あり

 昨年7月、突然の災禍により焼失した田辺市中辺路町真砂の「清姫堂」。同市西谷の福巖禅寺(通称一願寺)境外地で、清姫墓所としてもよく知られている所。近くに藁葺き屋根の清姫茶屋、直下の富田川には澄み切った清姫淵があるなど、いかにも情念の人、清姫にふさわしい風情漂う場所でもある。

再建なった清姫堂


 このほど、その再建がなって、来る4月23日(木)、例大祭に合わせ、落慶法要が執り行われることとなった。
 会式は午前11時より挙行、終了後、即、投餅で喜びを分かち合うという段取り。
「思いもよらない災禍に見舞われ、お堂はもちろん、貴重な清姫坐像などを焼失の際には、皆々様に多大のご心配をおかけ致しましたこと、誠に申し訳なく存じます。お陰様をもちまして、ここに清姫堂の再建を見ることができました。これ偏に、皆様方の深い御助縁の賜物と感謝申し上げます」と能城宗堅住職。そのお礼の意味も込めて、ささやかながら、会式のあと投餅で、祝賀したいとのこと。大勢の参拝を呼びかけている。
 問合せはTEL0739-64-1045まで。



リニアック治療 間もなく本格稼動

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南和歌山医療センター
リニアック治療 間もなく本格稼動

 がん治療の前進に、大きく貢献するリニアック(放射線治療機)が、南和歌山医療センター(中井國雄院長)に導入され、いよいよ4月1日より治療が開始された。
 幾つかの検証事項もあり、全システムの本格稼動にはしばらく期間が必要だが、例えば、脳腫瘍や小さながんには、ガンマナイフのようなピンポイント攻撃も可能となるだけに、がん患者には大変な朗報。
 激務の間隙を縫って、辻 孝 外来診療部長に話を聞いた。

辻 孝 外来診療部長

 がん治療は、手術、放射線、化学療法の3つに大別できるが、もちろん医療現場では、がんの状態、患者の体力や症状等に合わせて様々な方法を選択、時にはこれらを組み合わせた柔軟、多角的な対応がある。
 そこで放射線治療。外部から放射線を当てる方法と、密封された放射性同位元素を直接、患部に埋め込み、内部から放射線を照射する方法とがある。
 同院のリニアックは、外部から照射する方法。今回導入されたリニアック最大の特徴は「強度変調放射線治療(IMRT)」が行えること。
 平たく言えば、「コンピュータ制御により、正常細胞への被曝を極力抑え、目標とする腫瘍に最大限のダメージを与える」のである。
 例えば前立腺がんへの放射線照射。これまでなら直腸の放射線障害が生じることがままあった。また頭頚部への照射では、唾液腺への障害が避けられなかった。

副作用少なく効果が高い

県下初のリニアック治療機



 IMRTでは、正常細胞への影響を最小限に抑制し、ターゲットへの治療効果を最大とする複雑で最適な照射方法を、コンピュータが精密に計算、治療器を制御する。
 その結果、こういった放射線障害のリスクを低く抑え、腫瘍に対する治療効果を高めることができる。
 さらに 脳内の小さな腫瘍や動静脈奇形への攻撃も、ビームを集中して立体照射を行う(SRS、SRTシステム)ことで、見事撃破する可能性が高まった。1回~数回で治療を完了できるというメリットがあり、いわばガンマナイフ同様の治療効果が得られる訳。
 その他、白血病等の全身がんにも対応、さらにがんに伴う症状の緩和にも力を発揮する。
 「今回の導入で、高度医療を求めて和歌山市や県外に出向いていた患者さんには、地元にいながら、ハイテク医療を受けて頂ける」と辻部長。「機器の精度は一桁アップ、副作用も軽減され治療効果も上がる。きっとお役に立てれる」と喜ぶ。
 医療の進歩は、悩める患者にとって大きな希望だ。
 (問)はTEL0739-26-7050同センターまで。




田辺駅に待望のエレベーター

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田辺駅に待望のエレベーター
乗降客5000人以下の駅では全国初

 人に優しいバリアフリーのまちづくり。その先鞭をつけるJR紀伊田辺駅のエレベーター設置工事がこのほど完了、3月29日朝、喜びの式典が挙行された。多くの市民の要望が実現したもので、正に待望の供用開始。世界遺産、熊野古道の玄関口にふさわしい設備完成。JR西日本、和歌山県下7番目のエレベーター設置駅となった。

今年10月ごろには障害者用トイレも

 式典は午前8時40分より。完成に尽力した二階俊博経産大臣、仁坂吉伸県知事、大沢広太郎県会議長を始め、福祉関係、商工会議所、商店街、自治会関連等々、多数が出席、テープカットやクスダマ割りで喜びを分かち合った。

テープカットする二階大臣ら


 二階大臣は、「先の知事選の際、この駅頭から仁坂氏を応援した。その時、知事になったら、先ず最初の仕事はバリアフリー化、即ちエレベーター設置だと言ったが、それが実現した。設置が求められている乗降客5千人以上の駅でも、全国で幾つもが順番を待っている。しかし、それを下回っても、地元の熱意があるところから優先的にすべきと訴えてきた。今回の設置は5千人以下の駅で、間違いなく全国初になる」と強調、JR西日本や県、市の理解と協力、地元の熱意と努力を称えた。
 駅構内の旧跨線橋は間もなく撤去。10月ごろには障害者用トイレが設置される予定だ。
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