舞洲24時間フルリレーマラソン

テーマ:マラソン大会参戦記
7月19日、五條市での書道教室を昼過ぎに終え、十津川には帰らずにその足で、19日から20日にかけて、大阪の舞洲で行われた24時間フルリレーマラソンに出ている仲間(楽ラン)の応援に行くことにしました。

この日は炎天下の灼熱地獄。

少し道に迷いながらも、無事に会場に到着。


会場は、すごい人の数。テントの数。


参加してる仲間を必死で探し、何とかラン仲間のミナミちゃんを発見し、そこで同じくラン仲間のヒロアキ君率いるfreemaxのメンバーと顔を合わせ、そこから、まだ見つけられぬ我がチーム楽ランの所に、ミナミちゃんが案内してくれ、楽ランのみんなと合流。


応援のつもりで来たが、おそらく参加させられるだろうと事前に覚悟し、準備万端で来たのが大正解。

俺には拒否権なし。

否応なしに、直ちにメンバーに組み込まれた。^_^;


1周1.7kmのコースをひたすらグルグル回る。


...たった1周1.7kmなら、2周くらいヘッチャラだろう。

...と思い、いきなり2周走ることを志願。


さぁ出番だ。


2周なので、前半ややセーブ。


1周目はなかなか快調。さぁ、2周目。


...息が上がり、7㎏太った体を弄ばせ、ペースは全くあがらない。(泣)


...恐るべし、練習不足。(泣)


ヘロヘロになり、タスキをつなぐ。



NAMIさん達が作ってくださったカレーライスで元気復活!

...でも、2本目からは1周ずつ走ることに。自分の体力のなさに怖じ気づいた。(泣)



だが、1本だけなら、割と良いタイムで帰って来れる。



しかしながら、『夕方から参加した人達は、夜中3時までタスキをつなぎ続けること。』...との指示。


泣く泣く、夜中1時から1時半の30分間を走り抜いた。

なんと...30分で3周しか出来なかった。自分でも驚きの不調ぶり。

最後は1周10分以上もかかり、ヘロヘロに。


タスキをつないだ後、シャワーを浴びて仮眠をとる。


目覚めて立ち上がる。


膝がやや腫れぼったい。


3月に手術した膝、まだ【完治】とは言えない状態で無理はできない。


万全の状態で走れないことにより仲間に迷惑かかるなと思い、俺は棄権することにした。


その後、仲間達が頑張り、順位も上げ、最後は圧巻だった。


23時間を過ぎたくらいから、23時間以上もタスキをつないで来た人達とは思えない、自己ベスト更新並みの走り。



そして感動のゴールへ。



この日の感動は、

楽ランホームページ


のミーティングルーム(けいじばn)に書いたコメントにまとめて書きましたので、ここにも同文を掲載します。



【遅くなりましたが、舞洲参加の皆様、大変お疲れ様でした!


特にヒロシ監督、最後の最後までまとめ役、ホントにお疲れ様でした!


俺は、応援のつもりで駆け付けたけど、やっぱり走っちゃいました。(笑)


しかしながら、まだ調子が戻りきってなく、タイムも平凡で、しかも途中までしか参加できず、皆さんには迷惑かけてしまい申し訳なかったです。



しかし、ホントにアツイアツイ2日間でしたね!


灼熱地獄のもと、楽ランみんなでひとつのゴールを目指し、24時間タスキをつなぎ続けるという過酷な挑戦を、なんと33位という好成績で終えたことを生んだ、楽ランの絆の強さに只々驚くばかりです。


今回参加して、とても楽しかったです。


十津川から片道約110kmかけてでも参加した価値ありました!



ただ...俺が最後まで走っていられなかったこと、若干心残りではあります。


この悔しさは、必ず来年すべてリベンジすることにして、手術した膝と、7kgも太ってしまった体と相談しながら、これから徐々に、走れる体づくりに専念していきます。】


とにかく今は、この体重を、どげんかせんといかん!!(涙)



P.S.見事に4位に輝いたfreemaxの皆さん、おめでとう!!

近況報告。

テーマ:地域(十津川)ネタ
帰郷、転職後、順調に仕事をこなしてます。

12年振りに十津川で暮して驚いてること。


まず、非常に鹿が多い。


仕事中にもよく目の前に現れるし、道端には鹿の死体もあったりと...。


十津川は、人よりも鹿の数の方が絶対に多いような気がする。



もうひとつ、驚いたこと。


実家の下にある、上野地小学校が統合によりなくなってしまうということ。

おととい、その話し合いがあり、参加して来ました。

統合した後は、ここから約22km離れた、三村小学校に統合されるとのこと。


上野地小学校に通ってる子で一番遠くから七夕通ってる子が、三村小学校まで通うとなると、バスで約1時間ちょいかかる。


朝7時過ぎには家を出なきゃならない。


小学生にそれは、厳しいでしょ。


...はたして、どうなることやら。



7月6日は、久々に、走友会【楽ラン】のイベントに参加して来ました。



大阪城公園での、七夕駅伝に参加。


今回は、仮装を楽しんできました。


一部のラン友さんには、現場で生披露しましたが...

お願いだから、気持ち悪いなどと言わないで!(笑)

写真はごめんなさい。m(__)m

目に【毒】なので、非公開です。(笑)


人生2回目の仮装(一度目は、十津川の小辺路マークトライアルで山猿に)でしたが、とても楽しかったです!



う~ん、癖になりそうです。(笑)



明日は朝から五條まで書道に出掛けます。



多趣味って、忙しいけど楽しいです。

聖域への帰還

テーマ:地域(十津川)ネタ
俺は1996年の3月まで十津川の大自然の中で生まれ育ち、高校も十津川の高校を卒業したんやけど、卒業後は五條市内の某ゴム工場に就職。

そういえば、高校卒業の時、ヒドイ就職難だった。


担任に言われるがままに選んだ会社に運良く就職でき、あれから12年と3ヶ月、この度退職し、十津川で生活を送っていくことにしました。


1996年の春、それまで住んでた実家から離れ、社員寮に住み込み、仕事に励み、遊びにも励み(笑)、趣味にも励み。

沢山の貴重な経験貴重な仲間に巡り合え、とても収穫の多かった充実の12年。

先日、友達が送別会を開いてくれたんやけど、感じたこと。
 
【俺って、沢山の仲間の沢山の愛をいっぱいいっぱい受けてここまでやってきたんやなぁ。】


友達なくして今の自分なし。
 
みんなのおかげで、今の自分が存在する。
 



しかし、ある日考えました。

仕事は、原油高により、原材料(合成ゴム等)は高騰。納入先からは値下げの要求。

決して景気が良いとは言えない現状。

原油高などに振り回される生活が嫌だった。

このまま自分は、五條で不安定な今の職で頑張っていくのか...。

どこかに思いきり転職すべきか。


...と悩んでるところに仕事の話。

しかも、仕事がないので、もう戻れないと思ってた十津川での仕事。


職も原油高のダメージとは、ほぼ無縁な職。


十津川と言えば...

ド田舎。過疎。高齢化。不便。電車がない。

しかし、逆に考えれば、沢山のものが誰の手にも触れられず残っている、言わば【聖域】。

ちなみに、このブログの【聖域を駆ける】の【聖域】とは、十津川のことを指してます。

色んなものが手付かずで残ってるからこそ、無限の可能性を秘めてそうな地。

実家を助けながら、地域にも存分に貢献し、何か色んなことに挑戦し、楽しんでいけそう。



これからは田舎の時代がやってくるんじゃないかな?


そう思い迷わず帰郷を決めました。


沢山の貴重な友達と離れるのは少し寂しいけど... 
 


今までは、会社の寮生活でしたが、これからは新しい就職先への通勤。実家に住み、実家から通勤します。

今まで俺に対して、たくさんの心づかいを下さった方々、本当にありがとう!!
 
 
新生活、みんなから貰った愛を胸に頑張っていきます。




※今回の帰郷を機に、ブログ【聖域を駆ける】(村ぶろ)を開設します。頑張って書いて行きますので宜しくお願いします!!



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・HN=【SAN_chan】

【SAN】は、sanctuary(サンクチュアリー=聖域・聖地)の頭3文字。

【chan】(チャン)は、みんなが呼びやすいように。(笑)

常に何かをしていなきゃ気が済まない、落ち着きのないヤツです。(笑)



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男性
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奈良県

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