三星山制覇
今日は朝から雨が降って、仕事場から眺める龍神山と三星山の美しい稜線はガスに煙って。
なーんにも見えやしない。
よく晴れて暖かかった1月26日に龍神山から三星山へ9時過ぎから出かけました。
そう、1月15日に強い風と獣のウンチにビビッて、途中で引き返したリベンジを果たさんと。
トレラン姿で大西口の鳥居から、「ひき岩」を眺めながら走ったり歩いたり。

でも、登山口に着く頃には、右足ふくらはぎがピキピキと痛んで。
なんだか、この前と同じ展開で、ちと嫌な予感。
龍神宮で、わんこ連れのご夫婦?に出遭って、登山口駐車場の車の持ち主が判明。
「俺は刑事か?」
流星のコルを過ぎて。
ロープ伝いの岩場に、高所恐怖症気味なので「怖いよー」をひとり連発しながらクリアー。
先日引き返した山頂手前の頂は、先日のような突風が吹くでもなく穏やか。
「でも、なんだか岩肌むき出しだし、そびえてるし。嫌だなー」と思いつつ登り始めると。
険しいものの、なんだか拍子抜けするくらい安全な山中の道でした。
てっきり、むき出しの岩壁をロープ伝いに登って山頂に行くのだと勘違いしていたみたいで。
なんともあっけなく山頂にたどりついて、苦笑い。
「まあ、人生はこんなものさ」とひとりごちながら、槙山方向の眺望を楽しみました。


帰りは西岡のコル方面へ降りることにして。
人の手が入っていないのか、案内のポリブロピレンのテープが見当たらない箇所もあって。
なんどか、ああでもないこうでもないと行きつ戻りつしながら流星の辻へ。
流星の辻から佐向谷に向かう道は川沿いで、巨岩がごろごろして。「奇絶峡」みたい。


佐向谷登り口の鳥居に1時ごろ到着。
佐向谷川沿いに舗装路を降りていくと、集落のところで孫連れたおばあさんが。
「あれまーお兄さん。かっこいいよー。龍神宮に駆け上ってきたのかい」
いくつになっても若く見られて、誉められるとうれしいものですね。

三星山(549m)の名前の由来は。
冬の星座オリオンの三ッ星が山頂に輝くからとか。
三星山山頂に至るまでに三つ頂を超えるからだとか言われているそうです。
上の三星山の写真はこちらから拝借しました。
http://www.geocities.jp/tatubou44/mitubosi_ryuzen.html
三星山由来情報はこちらから拝借しました。
http://kumanonomori1122.blog.eonet.jp/1012/2009/08/post-bb0f.html
名手酒造 荒神
寒さが緩んだ、先週あたりから梅の花がチラッと咲きはじめました。
「梅にウグイス」にはまだ早くて、冬季先発隊の「柿にメジロ」というのでしょうか。
我が家の大きな古い柿の木に、残った柿をついばみにメジロが来るのを発見。
多い日には4羽ぐらいで、「チッチ」「チッチ」とかわいい声で鳴いています。
柿の熟した橙色を帯びた赤い色とメジロのくすんだ黄緑色の配色が美しく。
長く爺の目と耳を楽しませてくれたのですが。
柿の実もほとんどない状態になって、果たしてこの先メジロは姿を見せてくれるのでしょうか。
(♪ チャーン、チャララン・・ と「大改造!劇的ビフォー・アフター」の音楽 ♪)

お正月の残り酒も飲み干して、先日ダイナミック酒店へ。
今回は普段飲みバージョンなので、「♪ 菊御代さん、菊御代さん ♪」と唱えながら。
取り出そうとして、下段を見ると「名手酒造 荒神(こうじん) 通好みの辛口酒」のポップが目に入り。
なんじゃこりゃと、よくよく眺めたものの。
アルコール添加の本醸酒、お値段1,780円ということしか解らず。
「ウーン、菊御代1,680円のほうが安いじゃん」と切って捨てようと思ったのですが。
ブランド力とは恐ろしいもので、「名手酒造が出しているのだから、まずくはなかろう」と。
「飲んでおくべ」の一本サンプル買いとなりました。

最初含んだときは、「おおなんと辛口」との印象でした。
本醸造酒にありがちなべたつき感がなくて、何杯でも飲めそうな口当たりの良さが魅力的。
燗酒派なら、「荒神」は好まれるかもしれないです。
(爺は冷やで飲むので、やはりこの価格帯だと「菊御代」に軍配あげちゃうかなー。)
名手酒造のニューカマーなのか、たまたまダイナミック酒店で扱うようになったのか。
ネットで調べても「荒神」情報が少なくて、謎は深まるばかり。
果たして、匠はその謎を我々の前に、どんな姿で解き明かしてくれるのでしょうか。(無理やりだなー)
(♪ チャーン、チャララン・・と「大改造!劇的ビフォー・アフター」の音楽♪)
口熊野マラソン欠席
先日、第15回紀州口熊野マラソンの参加通知書が届きました。
ゼッケン番号は8048、「晴れ(80)で、よいわ(48)」なんて。
語呂合わせ軽口も叩けそうな、いい番号なんですが・・・。
1月6日に、眼科医から「もう走ってもいいですよ」と練習解禁してもらったものの。
3日も走らないうちに右膝が痛くなり。
走れないので、ジムで筋トレしだしたら、とてつもなく腰が痛くなって、歩くのもつらくて。
12日間走らないで、昨日4km走ったら、また膝が今日は痛くて。
「神の試練はいつまで続くのですか?」と命日参りにおじいちゃんの墓で問えども、返事なし。
悔しいけれど、当日スタートラインに着くことはあきらめました。

走れないストレスは、「お買い物」で発散とばかりに。
Ohanaの年末バーゲンやネットを利用して、シューズやトレラン用品などあれこれ。
ランニングシューズは今使っているAVIAのが、足入れの感じがよかったので。
そのシリーズで、スパイダーマン風?の、ちと色づかいが派手めなのを選びました。
あーあ、これ履いて口熊野マラソン走るつもりだったのになー。しょんぼり。

トレランザックはレース用というか、小さめタイプが欲しいなーと思っていたので。
GREGORYのルーファス8リットルを。
このモデルは昨年トレランツーリングで教わった石川弘樹さんとGREGORYの共同開発とのこと。
フロントの左右に配置されたポケットがボトルやカメラなどの出し入れにいい案配。

トレランではタイツの上から半パンツを、重ね着するのですが。
重ね着するのにアンダーショーツがついていないタイプが欲しかったのです。
アンダーショーツがついていない、超軽量素材、できれば撥水加工もの、しかも安いもの、
という条件で検索をかけるとモンベルのU.Lウインドパンツに白羽の矢が。

さらに、Skinsの冬用のコンプレッションタイツを一枚。
「裏が起毛素材なので、じんわりとあたたかくて、しかも怪我とかしてる方にはおすすめです」
の一言にころり。
あの阪急ingsの店員さん、爺が膝痛めてることなんで見抜いたんだろう?
あれこれ買い込んで、気分はトレイルをはねるがごとく走る風なんですが。
まだまだ、膝と腰の痛みは続きそうで。
クレジットカードの請求書が奥さんに着く頃には、言い訳できなくて、頭も痛くなるんだろうなー。

この写真は石川弘樹ブログから拝借しました。 http://beachishikawa.blog.shinobi.jp/
Skinsの情報はこちら http://www.skins.net/au/ja/default.aspx
モンベル情報はこちら http://www.montbell.jp/
GREGORY情報はこちら http://www.gregory.jp/
AVIA情報はこちら http://www.trops.co.jp/avia/
門松と串カツメニュー
お正月に書きかけてそのままになって・・・。 旬ネタじゃないですが、アップしますね。
例年だと大晦日の朝に「とれとれ市場」に、鍋用のアンコウとかを買出しに行くのですが。
今年は長男イチローを白浜空港へ迎えに行った30日夕方に、済ませてしまっていて。
大晦日の午前中、ぽっかりと空き時間ができたので。
イチローと裏山の竹切ってきて、「ミニ門松」つくろうかということになり。
「でも、どうやって立ってるんだ?」
ネットで調べると、樽のようなものに土入れるのが簡単なようで。
奥さんが梅干のプラスッチク製空き樽を提供してくれて。
「でも、樽に巻くこもみたいなものないなー」
あれでもない、これでもないと小屋を探しまわって、見つけた新品の「すだれ」をジョキジョキ。
飾りつけは神戸の生田神社が「松」でなく「杉飾り」なのに習って、これも裏山から調達。
奥さんが南天を配してくれて、完成。
「竹の切り口の角度が不揃いだけど、まあいいか」とテキトーな父と子の合作にしては上出来じゃ。

妹が帰ってきてくれているので、「串カツ屋」さんしようということになった1月2日。
Rちゃんが接客係ですが、人数が多いので「メニュー」を作ろうということになり。
串カツづくりに飽きてきたいた爺とイチローとRちゃんはそちらに鞍替え。
イチローがプリンタ用紙を丁寧に張り合わせ。
「筆ペンなんかうち使ったことないで」というRちゃんに。
「やっぱ、正月メニューだから筆文字でしょ」と無理強いして。
「はて?何品あるんじゃ?」
「お酒は銘柄書いたほうがいいね」
「店名はクレヨンで書こう」
レイアウトがRちゃんの書く一品一品の文字の大きさで、その都度変更になりながらも完成。
いやー気合の入った書初め会?になりました。
「のれんも兼ねているので、入口ドアに貼るね」とRちゃん。なーるほど。
イチローが黒牛純米吟醸「碧山」と「雄町」の一升瓶ラベルも壁に貼り付けて。おばかさん。

さんちゃん
1月18日に「喪中欠礼」を兼ねた寒中見舞いのはがきが。
大学サッカー部同期のSさん(通称さんちゃん)の奥さん(大阪府泉大津市)から。
「12月1日に主人が亡くなりました。」
さんちゃんは大阪のサッカー名門校(当時は)「明星高等学校」からK大学社会学部へ。
一浪だからではないでしょうが、色が浅黒いオヤジ顔に、タバコぷかぷか、ミニパブ好き。
明星高校はフランス海軍士官学校風の7つボタンの詰襟制服で「お坊ちゃん系」ですが、
「さんちゃんは似合わなかっただろうなー」と同期の連中でよく揶揄したものでした。

ミッドフィルダーとしての、サッカーのプレースタイルもまさに「いぶし銀」
豊富な運動量ではないのですが、ここぞというときのキラーパスが光る選手でした。
そうそう名前は、そのパスの輝きのごとく「光(ひかる)」だったよなー。
平成19年の5月に、三十数年ぶりに大学サッカー部の同期8人が集まる機会があって。
そのときに夜遅くまで痛飲したのが最後になっちゃった。
酔っ払って泣き崩れている爺の背中を優しく叩いてくれて・・。
あくる朝起きたら、さんちゃんのベルトが忘れ物で同期の奴の家に残されていて。
「なんでベルト忘れてるんだ?」と大笑い。
あーあ、思い出はつきないや。もうよそう。
さんちゃん、ありがとう。安らかに眠ってください。



