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消えた小山

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 つかの間の晴天日の間に山菜 「タラの芽」の成長具合を兼ねての散策に消えた小山跡 加太の「巽獄山」更地へ出かけた。






関西空港2期建設への埋め立て土砂用の小山が消えてます。土砂採取約 2億5000万立方メートルの採取、跡地面約8500万㎡はアカマツなど24種類の樹木が植えられているものの8割がた枯れ廃り雑草が茂る無残の荒野である。





眼前には紀伊水道の加太湾、彼方に淡路島も見渡せる視界が広がり絶景な景観だが、明媚な風土山が失われた自然の美観は2度と蘇らない侘しさである。
金網に囲われた更地~新たな開発と期待は頓挫・・・・08年には地権者へ返還するとのこと、英知の目論みは無残である。

  未来の夢を託した植樹記念柱がやけに目立っていた。
小さな幸いの恵みと言えば~無人の荒野で、愛犬と散歩ついでの山菜取りが出来ること・・・・主幹道路側は頑なに閉鎖されているけど、道路脇の残林から進入が出来るので~

桜花開花の八分咲きころに 「タラの芽」が・・・・ 夏に小さな白い花を放射状にたくさん咲かせる。秋には黒い実がなる。葉のつき方は奇数二回羽状複葉。樹皮は民間薬として健胃、強壮、強精作用があり、糖尿病にもよいといわれる。また、芽をたべることで同じような効果が期待できると言われている。根皮も「タラ根皮」(ーこんぴ)という生薬で、糖尿病の症状に対して用いられる。

たらの芽の採取方法 [編集]
タラノキは成長が早いので、地中から新しい枝を生やした時にその先端近くについた芽を採取するのが楽。
若い枝はとげがあり直線的にのびるので目に付きやすい。
農家で栽培される場合には枝にとげのない種(メタラ)も用いるが、タラノキはウルシと似ているため、自生のものでとげの無いものは注意を要する。園芸業者が棘のない品種を販売している。
新芽の根元で容易にむしることが出来るが、鎌を用いる人もいる。
たらの芽の採取時期 [編集]
新芽の採取時期は桜の8分咲きころに同期しており、里の桜がタラの芽の採取時期でもある。採取は先端から上に向いた1番の芽と、その脇から斜めに伸びる2番程度までとし、あとは昨年に伸びた枝を見て芽の候補が残っているか確認する。一定の時期を過ぎると候補と成る芽の素は枯れて発芽しないので、来年の収穫を考えて残した方が良い。新芽は昨年伸びた枝だけに着くので、木を枯らさないよう注意する。

スーパーなどで見られる綺麗な緑色のタラの芽は昨年伸びた枝を伐採したもので、敷き詰めた大鋸屑や水の入ったバケツに挿しておいたもの。出荷前にビニールハウスで気温を上げ発芽させる。天然ものよりもだいぶ味・香りが弱く、水っぽさがある。天然もののタラの芽の天婦羅は冷えても歯ごたえがしっかりしているが、枝切りして芽吹かせたタラの芽は天婦羅が冷えると萎んでしまう。

調理方法 [編集]

薄紅色の部分がタラの芽。2番目、3番目の芽が見える
食べごろのタラの芽天ぷらにするのが一般的で、口いっぱいにひろがる独特の芳香が特徴的である。単にゆがいておひたしや和え物にしたり、油で炒めて食べてもよい。





~まだ早かった






程良い雑草に埋もれた荒野の散策で





およそ2時間ほどの消えた小山の彷徨い愛犬の癒し散歩でした。



札立山周遊散策

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 23日 快晴の五月日和、早々に用事を済ませて愛犬連れで紀泉高原山麓の札立山周回遊歩に出かけた。
週末の散歩に出かける愛犬散歩コースであるが、いつもは和歌山側で引き返してたのでこの度は大阪側の岬町の山麓周回歩いてみた。

取り付きは「鳴滝不動尊寺」から不動山尾根筋を~ 整備された登山道だが、途中の「モモの辻」小山尾根までは急坂である。

四足とて疲れ  幾度か一息しては登り、
 不動山ピーク手前「二つ岩」から不動ピークまでは3分とあるけど5~60mのこのルート一番の急坂はキツイ登りである。





太いモモの木が「不動山」ピークである


 ここからはなだらかな尾根道を辿り行けば紀泉高原縦走路に出合い~ 縦走路に沿い行けば「札立山」のピークである。





不動尊たきから札立山まで55分掛った。
休憩ベンチもあり紀ノ川沿う和歌山市街展望がいい山手であり、飯盛山・大福山の分岐でもある。

これより飯盛山方向へと尾根道を辿ること20分ほどで岬町・青少年の森への分岐があるけど案内板がないので見過ごすかもしれないが、下り口は分りやすい。





急坂を下ればそこが「岬町 青少年の森」広場である。

林道沿いの広場、キャンプも出来そうで~
林道を登るごと30分で「ふるさとの森」&しいたけ園が~




杉林にはしいたけの木が整然と並べられれて~




古木には小粒のシイタケが~


 残菌の芽生えであろうか~古木に張り付くよう芽生えてた。
傍には<取らないで下さい。>の立て札・・・?と見ぬふりで2~3個採集し・・・断じて・いけません。
山菜とりの修正癖てが~五月晴れの陽気で悪態してしまった。
無人の郷、ここで昼食のパンとお茶で休憩した。

二股に分れた林道の右側が、紀泉高原縦走路 奥辺峠への分岐であった。


しばしの休息後、奥辺峠への林道を上りと「奥辺峠」の目印  杉林を登れば奥辺峠・・・





 奥辺峠辻~右が「札立山」、左側六十谷・岩神山への分岐である。
ここでも小休息~
左の六十谷方向に行くと 六十谷の大関橋の分岐
さらに直進すると 岩神山への分岐が~

しばし岩神山に向かうと、岩神山手前に 鳴滝林道への分岐名札が~薄い踏み跡がある・・・少々荒れた雑木中を下った。
イノシシに荒れた踏み跡を頼りに下ると旧林道の杉林に出合いさらに下ると鳴滝林道に合流した。
林道を下れば鳴滝不動尊である。

途中 用水路の注入口の河原で水浴のロッキー~




五月晴れに劣らぬ陽気で汗を和まされた「札立山」周回散策でした。
周回距離 約11km強、久しぶりのロング歩行で少々疲れはしたが、23日の愛犬連れでの体調馴らしができた周遊路でした。

梅林散策 2

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 石神梅林の周囲は小山に囲われた標高200~300mの大耕地、梅林の台高地からの見晴らしは爽快である。
なかでも標高400m弱の「大蛇峰展望台」からは紀伊水道 田辺湾しかり、水平線を遠景にすり鉢状に広がる梅畑の眺めは絶景である。

紀州備長炭の原木(ウメガバシ)覆われた大蛇峰への散策登山道筋は急坂を500m位登ると










満開の開花時は白花梅の香りが一面にこめてくれるであろうが、満開時節には雄大な景観で和まされる大蛇峰展望台である。

   

午後には石神会館広場で休日イベントが開催準備されていたが(琴演奏会・もち巻巻き等~)
まだ六分咲きの<来週末あたりが見ごろかな~>梅林名残惜しく散策して次の目当て地の紀州備長炭記念公園へ・・・
石神梅林を囲う道なりに下ると秋津川沿いの県道29線に合流し、しばし29号線 龍神方面に走ること10分ほどで道の駅 「紀州備長炭記念公園」である。




焼き窯裏

道の駅傍に焼き窯が6連繋ぎの窯から薄い煙が出ていた。
窯ぐらを見たいと正面に周り行くと、炭出しの気配がなかったが中ほどの窯口が開き灼熱の火柱が見えていた。窯管理者によると~木炭の皮剥ぎのための検視で口をあけてるとのこと・・・





Wikipediaより~
江戸時代の元禄年間に、和歌山県田辺市の備中屋長左衛門が作り始めたのが由来となっている。材料に樫を使い、高温で蒸し焼きにし、窯の外で素灰と呼ばれる灰を掛けて消火するため、きめが細かい良質な炭となる。一般に火力が強いと言うが、本来は黒炭よりも低温で長時間燃焼している。煙が出ず雑味が付かないため、炭火焼を売り物にする料理屋(鰻屋、焼き鳥屋)などで重宝される。本来、樫による白炭のみが備長炭とよべるものであるが、製法等が広く伝わったことから、白炭全体に用いられるようになった。

備長炭の定義が広がってしまい、かつ、偽物の流通もあるため、和歌山県産の備長炭を特に紀州備長炭と呼んで差別化をはかり、備長炭の品質・伝統を維持している。その様な中、2006年10月27日に地域団体商標制度の認定第一弾として、地域ブランドとして認定されるに至った。

生産量日本一は和歌山県の旧南部川村だったが、平成の大合併後に日高川町となった。


しばしの休憩で午後2時過ぎ~
帰路は田辺市街を迂回してR42線で紀伊水道の海をかいま見ながらゆったりと帰路につき・・・・





有田川河川敷~R42沿いのドライブイン 「鮎茶屋」前で愛犬の休憩して我が家へ・・・・。

「鮎茶屋」
以前、南紀への磯釣り帰りには頻繁に立ち寄ったドライブインであり、生臭の磯の臭い洗いにうってつけの温泉浴場であった。
左近では阪和高速の開通により釣り人は高速利用により以前の繁栄はなくなってた。

この度は9時間余のドライブ~山間のいち国道ルート辿りの散策も余暇の和まされた梅林散策でした。
余暇の持て余しにはルート散策が趣味にはまりそうである。





田辺梅林

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21日~ようやくに風邪患いも収まり体調馴らしへのドライブであった。
初春漂う陽気の南紀と言えば風物詩奏でる梅林散策であろうと~ルート検索によれば我が家から100km弱の距離、今だ旬の梅林へは出かけたことがなかった。
身近な低山へと思いはしたけど、風邪患い体力不足故、安堵なドライブで癒すこことなった。
長男の車拝借ぶらり旅路となり、朝の8時過ぎ我が家を発って・・・・
休日の渋滞を考慮して、R42線を辿らない山間部の道を選んだのが R424号線での道のりで出かけた。(R424線の起点が田辺市、終点が岩出市内田町 延長122km強 紀伊山間部を貫くR424線)


 我が家立って一時間半~海南市の山越え、有田川を越え山深くの道を辿り御坊市街と通うすがり印南地区の梅畑集落を縫うように走りつずけると~民家の番犬であろうか・・・梅花に囲われた田んぼに哀願麗しい二匹の犬小屋あった。
まさに田舎の風物での和みであった。

我が家を発って3時間余~目的地の歓迎ゲート 石神地区「紀州 田辺梅林」に着いた。
南紀の山間部の小山が開墾された梅林にさま替わりしてた。





紺碧の青空の眼下の道傍は手入れの行き届いた梅林の花畑であった。


まだ六分咲きだろうか梅花雲海には時期早々のようだ~
満開の折は爽快な梅林花宴のこととであろう初春の花形梅林・・・・





眼下の建物は「石神会館」駐車場&物産売店である。






さて~石神会館場から台地への梅林散策路へ・・・・紅梅園と大蛇峰に向かう。






つずく・・・・

名犬は~

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 名犬の真髄は・・・







飼い主たずねて600キロ イタリアで「名犬」話題に
2010.1.23 17:56

22日、イタリア中部カラーラにある飼い主の男性の家でうれしそうな表情のロッキー(ANSA=共同) イタリア中部で飼われていたジャーマンシェパード犬が、3年前に旅行先の南部で行方が分からなくなり、約600キロ離れた飼い主の男性宅近くまで自力で戻り、このほど再会を果たした。同国メディアが報じ、ドラマや映画となった「名犬ラッシー」になぞらえられて話題となっている。

 子犬だった5年前に中部カラーラに住むシリア国籍の男性にもらわれ、ロッキーと名付けられた。しかし3年前、家族とともに休暇を過ごした南部サレルノの海岸で誰かに連れ去られたとみられ、いなくなった。

 ロッキーはその後、サレルノの別の家族に飼われたが何度も逃走を図り、昨年11月に成功。約2カ月後、カラーラ近くのピサで見つかった。長旅のため汚れてやせ細り、足は水膨れ状態だったといい、診察で登録用入れ墨から元の飼い主が判明した。(共同)

~はて我が名犬は如何に





猫じゃらしに明けてます。
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愛犬とアウトドアーに温泉山旅が好きな自称 「旅人」です。

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