春のあらしに…
和歌浦に八魂歌碑が建っています。
昭和15年(1940)3月16日、旧制和歌山中学ボート部員8人が
湾内から紀ノ川に向かう途中、強い西風と、激しい波に漕ぐのを
やめ、泳いで岸にむかったが、寒さの為、全員凍死の悲劇があり
ました。この遭難した若者の死を悼んでの歌碑です。
”自ら業を 磨けと響く 浦波に 籠りて 八つの魂 ねむりたる”
題字は野村吉三郎(旧制和中、元外務大臣)です。
(翌、昭和16年4月6日、旧制四高生ボート部11人が、琵琶湖で
比良八荒のため遭難しています。)

大和郡山は…
今回たずねた大和郡山は? 金魚で知られています。弥富、
江戸川と共に三大金魚の産地です。、金魚は、1500年も前に
中国で生まれ、日本へは室町時代に、更に、江戸時代にブーム
になっています。大和郡山の金魚は、享保9年(1724)に甲府
より、郡山城主となった柳沢吉里が、金魚を観賞用に持ってきた
のが始まりとされています。その後、郡山で、金魚の改良、養殖が
行われ、幕末には下級武士の内職となり、又、明治の廃藩置県に
より、禄を失った武士や、農家の方々によって、養殖が盛んになり、
第2次大戦中の苦難時代を経て、見事復活。
大和郡山といえば、金魚。町中、至るところに金魚がみられます。



白河院庭園
白河院庭園は法勝寺跡にある。といっても900年も前のものでは
なく、大正8年(1919)下村忠兵衛が、ここに建物と庭を作った。
庭園は、7代目小川治兵衛の作庭で樹木の特性や、疎水の流を
巧みに活かしたものとされています。忠兵衛の先祖、彦衛門が
享保2年(1717)に伏見で呉服商を創業、現金掛ねなしで繁盛。
豪商、下村大丸となります。そう、大丸百貨店です。
昭和33年(1958)私立学校教職員共済組合の宿泊施設となり、
平成15年に京都市指定名勝になっています。

都にそびえた塔の基礎確認
今日のニュースで、かって都にそびえた法勝寺の八角九重塔の
基礎発見を知った。72代白河天皇建立の法勝寺は、平安神宮の
隣、市立動物園の辺りにあった六勝寺の一つ。”国王の氏寺”と
称され、広大な寺域、立派な諸堂,特に、高さ81mの八角九重塔
今、京都で一番高い東寺の五重塔の51mよりも更に高く、恐らく
よく目立ったことでしょう。しかしその後、地震や火災、応仁の乱で
焼失、廃寺になっていました。


土曜講座に思う
先日、本年度の土曜講座(和大)最終回にあたって、センター長が
和大の土曜講座は、平成11年から地域の皆さんに開放、解り易い
講座に、毎回100名以上の出席があり、参加者年齢は10代から
80代迄の広さ。土曜講座は、私立では立命館大学に見られるが、
国立では唯一だとか (この講座出来れば、紀南地方、ビッグU
などで開講なれば 良いのですが…)
最近、学校の授業では、私語やケイタイに夢中の生徒もあるとか、
しかしこの土曜講座では、私語もケイタイもみられません。自分の
興味ある講座だからでしょうか。
立命館大学の土曜講座は、1946年3月に当時の末川総長が、
大学の学問を市民に開放と、第1回が開講されています。




