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熊野古道(大日越え)

テーマ:熊野古道
 湯の峰温泉到着!

 「おぉ~硫黄の匂いやげ~」と思ったら、奥方は「チョット買い物!」と姿をくらました。
 直ぐに「5つで150円やったわ~」と卵を片手にご帰還、そして、「12分ぐらいやって!」と言うと、「何が~?」と聞き返す小生の言葉を無視して小走りでどこかに!
 少し歩くと、そこは90度の温度が湧出するという湯筒、ここで卵を茹でているではありませんか?
 さすが食べ物には卑しい奥方、この辺の事前調査は完璧のようです。

 小生は真上のベンチでちょっと一息!

湯筒 湯筒2

 時間が経過して、下から「出来たよ~降りてきて~!」と声がかかる。
 汗も引きチョット肌寒くなってきたので「暖かい卵は丁度いい」と思って降りていったら、「アカン!今食べるんと違ゃうんやで~」
 「えぇ~?なんで~?」
 「これは息子へのお土産!」
 「なぬ~~折角寒い中を待ちやったのに~!」

 「くそ~!」と思いながらも最近は奥様主導のわが家庭!
 かつて大国アメリカに挑んだイラクのように、歯が立たないのは明白!
 恭順を示す言葉「イェッサー」を発するのでありました。

 そして、日本最古の温泉でその湧出地と言われる「東光寺」にお参りし、人気絶頂の「つぼ湯」を上から眺めていると、何と!「ぜんざい」の暖簾をかけた店が・・・・・小生も我慢の限界!「入るぞ~!!」
 「アカン!それもゼンザイ600円はアカン!」
 奥方の制止を振り切り、意を決して・・・。
 「・・・・・・・・・」
 すると、何と黙ってついてくるではありませんか~?
 「男は黙って・・・・・・」大成功でありました。(クック)

東光寺 地酒コーナー

 そのまま「ぜんざい」を注文、美味しくいただいていると横には「地酒コーナー」が・・・・それを横目で見た瞬間!奥方は敏感に反応、すぐさま「昼間からアカンで~!」と厳しいお達し!
 まぁ、大日越えに影響が出ないよう、そこはグッと我慢し大日越えに挑むことにした。

 湯の峰王子からはハードな坂道、途中、風での倒木なのか?横たわる大木を避けながらひたすら上ると、登りが苦手な奥方は「ハーハー、ゼイゼイ!」
 心では「報いじゃ~」と思いながらも、「大丈夫?」と気遣いながらの夫婦旅!

湯の峰王子 急坂

古道

 そのうち、少しはなだらかになった所で大きな木の根が絡んだ岩が・・・・・鼻欠け地蔵です。
 鼻が欠けているというよりも「顔がない!」「意味がわかりましぇ~~ん!」

鼻欠地蔵 月見ヶ丘神社

 更に10分ほど下ると広い境内があり祠が・・・・・・月見ヶ丘神社です。
 農耕神とあがめられているようで巨大石仏を祀っているとか?境内はきれいに掃除され、新しい注連縄と御幣が飾られていた。

 と、その時、下から猛烈な勢いで駆け上がってくる女性が・・・・・年のころなら30、いや40代?(モゥ~ 女性の年はわからん!)
 挨拶を交わし、しばしの談笑!
 何と地元本宮の人で、いつも大日越えを散歩してると言う。
 えぇ~~「散歩?」
 どうりで駆け上がってきたというのに呼吸すら乱れていない。
 これから、大日越えで湯の峰に行き、一般道路を歩いて本宮に戻ると言う、何とその所要時間は「1時間ぐらいやの~!」だって!
 「いや~もう笑って済ませる」しか方法がありません!!
 リュックを背負い両手にはステッキで、滴る汗をぬぐう姿はちょっと気恥ずかしい!

 と、まぁこんな出会いもあり一層きつい下り坂に突入、石段も乱れ足場の悪い道は少し疲れてきた足には堪える、蟹の横ばいならぬメタボの横ばいは「ちょっと絵になりにくい」が・・・・・・約20分、大斎原の大鳥居が見えてきた。
 伏拝じゃ~ないが、大日越えをして初めて鳥居を見た「古人」は、伏して拝みたいほどの感動であったでしょう!!

大斎原を望む

 我々一行も(笑)、旧社地、大斎原(おおゆのはら)を通って熊野本宮大社に参拝、かくして小生の歩初め「平身低頭の旅」が終了したのでありました。

熊野古道(赤城越え)

テーマ:熊野古道
 いよいよ赤城越えです。

 スタート地点の丸太橋を渡るといきなり急坂、「どれだけ登るのであろうか?」
 途中マップで高低を確認しようとポケットに手を突っ込むが「なぃ~~!」
 「お前持ってたんか?」
 「何言いやるんよ!自分のポケットに入れやったのに~!」

 リュックの中を探す、さっきまであった地図が・・・・・・あぁ~?
 「どこかに落としてしまったらしい!」
 「んもぅ~いっつもこうなんやから~!」(プンプン)

 山の中まで来て怒られるとはチョット情けないが、やむを得ずそのまま坂を登ると「1」の道標があった、記憶では「確か湯の峰まで6Kmほど!」「次の道標までは500メートルなので・・・・・と言う事は、道標12で終点?」
抜群の計算能力で距離を計算する!(笑)
 
 「そんなん、誰でもわかるわ~!」またまた怒られながらも、ひたすら登る。

上り坂 道標1

 何とか峠に出た。
 そこからの道は「グー」、植林であるがよく手入れが行き届いて とてもきれい!

 「鍋割地蔵」(なべわりじぞう)を過ぎ緩やかな下りが続く、道は落ち葉でフカフカ!

鍋割地蔵

 少し風も強くなり木々も揺れる中を歩くこと2時間、ついに待望の昼食タイムがやってきました!

 景色のよい場所を選んでメハリ寿司とおにぎりをパクつく、弁当の出来栄えとは無関係に(笑)山中での食事は実に美味。
 風もやみ雲間からでた陽射しが実に心地よい!

 30分ほど休憩し、再び歩き始める。

 しばらく歩きフッと気がつくと、尾根に作られた道は急峻な山の頂、道を踏み誤りでもすれば奈落の底や~・・・・・「こわ~~!」

 そして、遠くまで見渡せるすばらしい景色に遭遇!

見晴らし

 「エエ気分や~!」と熊野の空気を吸いまくり・・・・・・・とその時、遠くから「パン パン」という何とも不気味な音、正月早々猟でもしているのだろうか?
 歩くたびに、その音もだんだん大きくなってくるような???

 「手負いの猪が前から突っ込んできたらどうしょう!」などと思いながら歩いていると、山中に廃屋のようなものが見えてきた、これもチョット不気味?

 何だろうと近づく、「柿原茶屋(宿)跡」であった。
 「あぁ~これが柿原茶屋跡か~」この場所は、「道なりに行かないよう」事前に注意をされていたので、よ~く案内を見て進路を右手に取る。

柿原茶屋 湯の峰

 茶屋跡を過ぎ、しばらく歩くと湯の峰温泉が見えてきた、民家の横をすり抜けて・・・・・
 
 「湯の峰温泉」到着。

初歩き!

テーマ:熊野古道
 年末に「久々に合う家族3人の休み、熊野古道でも歩これ~ょ」!
 言い出しっぺは息子です。
 「あぁ~でもないこ~でもない。」と言いながら、「コースは赤城越えと大日越えやで~」と勝手に計画!
 朝7時に出発して本宮へ、そこからバスで発心門に・・・・・・「遅れたらアカンで~、バスの便はあまり無いんやから!」と言う息子・・・・・・。

 そして当日5時に起床し、寝ている息子を揺り起こすと「今日は俺行かへんで~!」
 「えぇ~~何でぇ~?」
 「腹がおかしいわ~、電車の笛やぁ~」
 「何んやそれ?」
 「ピーや!」

 と言うことで、女房と二人だけで歩くことに!
 最近の相方、これまで10分の距離も嫌がっていたのに、先の小雲取越えを歩いて自信をつけたのか?
 帽子を買い、杖を買って意欲満々!・・・・あおられっぱなしの今日この頃である。

 ネットでの天気予報はバッチリ晴れマーク、前日に買ったバナナや菓子、弁当と荷物を詰めていざ出発!

 予定通り自宅を7時に出て、本宮大社前からバスに乗る、乗客は他に3人、いきなり運転手から「お客さん達 どこまで行きますか?」って聞かれ「発心門まで」と・・・・同乗の3人も同じ所までのようだ!
 でも、一般の観光客のようで歩く格好はしていないが・・・・・どうなんだろうか? 

 「バス」に揺られること15分、運転手さんから「発心門には、王子と発心門口があるが、どちらですか?」
 小生が「船玉神社に行きたいやけど、どちらで降りるんでしょうか?」
 「えぇ~~船玉神社?私わからんわ~!」
 一方、3人組から「本宮までの古道を歩いてみたいんですけど?」と聞かされていた運転手さん、突然停留所でもない所にバスを止めて、「ここから入れば本宮まで行けますよ~!」とお客さんを促す・・・・・田舎のバスならではの配慮がすばらしい!

 残された小生は終点まで行き、「発心門王子」で降りる。

発心門王子 道しるべ

 初めて見る「発心門王子」、説明板によると本宮の聖域の入り口に立てられた鳥居で、九十九王子の中でも藤代・切目王子など五体王子と並ぶ、格別の崇敬を受けた王子の一つとある。

 その「発心門王子」近くの案内に、猪鼻王子方向とあったので、ここで下りたのが正解だった。
 早速、猪鼻王子を目指して坂を下る、そして王子址と書かれた石碑に遭遇、参拝の後は今では珍しい未舗装の林道を通って船の神様を祭ったと言われている「船玉神社」へ。

猪鼻王子址 船玉神社
 
 すぐ近くには赤木越えの案内があった、広場になっているその場所には、川舟が展示されており、キャンプ禁止や「マムシに注意!」の看板もあった。

分岐点と広場

 分岐点であるため、いろんな人が集まる場所なのだろう!

熊 野 古 道 (完結編)

テーマ:熊野古道
 見慣れた「長井の集落」を目の前にして、元気をとり戻したのか?
 これまで泣き言ばかりを言っていた○須さんも元気一杯!

 明るい声で「小和瀬まで、あと何分?」

 「まだ、30分ほどかかるで~」

 「えぇ~~30分も?・・・・ちょっとオシッコ!」

 張り詰めていた緊張感が緩んだのか? はたまた昼食時の水分補給効果が出てきたのか?
 それにつられて4人が一斉に山中に消えた。

 帰ってきたおばちゃんの一人がつぶやく、「30分言うても一寸や!」

 「私らこのずぅ~と上の方まで、桜の木を植えに来たんやで~、それも皆の弁当から植樹の道具、トンガから鍬いっぱい持っての~!」

 「ほんま、クソえらかったで~」

 まぁ、このおばちゃん馬力もすごいが口も悪い!
 ちなみに、「えらかった」の意味は「疲れた」で、決して「偉かったや立派」という意味ではありません!(笑)
 ただ、ある意味自慢話であることに違いはないかも?w

 さてさて、暫らく下ると「金比羅山」への道らしき脇道があった。

 一人のおばちゃんが「一寸寄り道していこう!」

 「えぇ~~っ????」

 「えぇ~~って、ここを一寸上ったら金毘羅山やし、古道の先に降りて行くさかよ~!」

 皆さんのガックリする様子が手に取るように、しかし、皆さん無言でうなずく、これも職場内の力関係なのか?ww

 そう大した距離ではないが急な登り坂をいくと金毘羅さんが祭ってあった。

金毘羅さん

 この金毘羅さん、舟や筏の安全航行を祈って祭っているものですが、昔、「つきあい」というところに網場(あば)があり船頭や筏師で賑わっていたと言う。
 そこが見渡せるこの地に祭ったという。

 しばらく休憩をとったあと出発しましたが、なぜか?これまで弱音を吐き続けていた「おばちゃん」が先頭を歩き出した。
 しかも早い!
 「あと少し」歩けばゴールという執念が疲労感を越えた瞬間です。(笑)

 小生がカメラであっちこっちを写している間にその姿が見えなくなった。
 先を急ぐと大きな笑い声が聞こえてきた。

 古道に戻ったおばちゃんが方向を間違え、右に行くべきところ左の元来た方向に暫らく歩いていたという。

 他のおばちゃん、「しばらくほっておこう!」と思ったらしいが「あまりに気の毒で声をかけた!」と言う。
 大笑いしながらまた休憩。

尾切地蔵

 そんな事を繰り返しながらも、ようやく麓にある尾切地蔵まで来た、もう、まもなく小和瀬。

 そして集落に着き民家の横を通って・・・・・ジャジャジャ~~ン!!
 ついに小和瀬橋に降り立った。

 記念写真を撮り、後は「自然の家」まで500m。

小和瀬橋での記念撮影

 ここまでの所要時間は6時間、通常の約3倍もの時間をかけ、ついに職場研修(?)「珍道中、熊野古道(小雲取越え)」の旅は終了したのでありました。

熊 野 古 道 (パート3)

テーマ:熊野古道
 その後の道は、割と平坦な道で皆揃って足取りも軽い!

 道は落葉に覆われ、足にはとっても優しい。
 裏白群が続く尾根づたいの道は雰囲気もあるが、相変わらずおばちゃん達の「だべり」が続き、少こ~し耳障りか?

 桜峠を過ぎるとちょっとした下り道、「何の何のこれしきの下り!」と思いながら歩いていると、いきなり・・・・・。

 「お腹すかへん?」

 「もう一寸で茶屋があるさか、そこまで辛抱しぃ~!」

 「そやけど、腹へったわ~!」

 「もぅ この子は シンドなって来たさか、あんな事ばっかり言うて!!」

 駄々をこねるおばちゃんをあやしながら、何とか15分ほどで「桜茶屋跡」に到着。

古道を行く 桜茶屋

 ここは、桜の大木があった事からその名が付いたと言われ、明治の末ごろまで茶屋が存在してたようですが、今はその面影はなし。
 昔は、遠くに大雲取越えの一団が見えると、茶屋の主人が餅をつき、お茶を入れると、丁度そのころ巡礼の一団がこの茶屋に到着したとか?
 
 確かに前方には大山の集落と大雲取越えの山が広がり、中々見晴らしがいい。

 そんな茶屋で待ちに待った「ランチタイム」、おもむろにリュックから弁当を取り出し「さぁ、みんな食べてえよ!」と、早速、弁当のご開帳と相成った。

御開帳 ランチタイム 

 それにしても、色んな物を作ってきているものである。
 
 各々が、まず他人の弁当に箸を運び品定め!

 「○○さん、これ何で味付けたあるん?」等と言いながら・・・・・・「私のも食べてみて、○○さんに、聞いて作ったんやけど美味しいで~」  

 単なる料理自慢であるが、ピクニックにでも来たようでなかなか楽しい。

 日当たりがよく視界が広がるこの茶屋で、古人もおそらく同じようにおにぎりでもパクついたであろう。

大雲取越え 古道を行く

 さ~て、どれほど休憩しただろうか?おにぎりで腹いっぱいになったお腹をさすりながら、桜茶屋を後にしたが、これから小和瀬の終点まで、急勾配の下りが続く。
 
 何とか「椎の木茶屋跡」につくと、ここにも歌碑があった。

 雲取越えには多くの歌碑がある、しかもあの斉藤茂吉や土屋文明、更には地元の歌人杉浦勝氏のものまで・・・・・・・。

 無学な小生など読んでも良く分からないが、関心のある方なら風土が感じられる素晴らしいものなんだろう。

歌碑 長井の集落

 そんな歌碑を眺めつつ、延々と続く坂道に皆さんの口数は極端に少なくなったが・・・・・。

 そんな時に見慣れた風景が飛び込んできた・・・・長井の集落です。

熊 野 古 道 (パート2)

テーマ:熊野古道
 「百間ぐら」を後にし、今度こそ「自然の家」を目指すことに!

 15分ほどかけて元の位置に戻り、「これでやっと振り出し」
 さぁ、これからスタート!

 少し歩けば、千葉県から小口に移り住んでいる版画家「○留」さん作の派手な看板が目に付く。
 「賽の河原」である。

再スタート 看板

 地蔵さんの傍には沢山の石が積み上げられ、熊野詣の最中に亡くなった人の供養をしている。

 リーダー格のおばちゃん、「我がらも、お参りして行これ~」
 「えっ、そやけど賽銭持ってないで~」
 「そんなモンいらん!その辺の石を積んで手を合わせたらエエんや!」と、金を出す事には、とっても厳しいおばちゃん。(笑)

 「石らないで~!」
 「そんな事あるわけないやろアホやね~、その辺に・・・・・・あれっ、ホンマや~無いわ~」
 どうも古道歩きの皆さんが、石を供えて行くからだろうか?
 その周辺にはまったく石が無い。
 それにしても山道で石探しに苦労するなんて?w

賽の河原

 何やかんやとあった中で、先を急ぐことに。
 「ここからの坂道は滑りやすいので気をつけなアカンよ~」と皆の顔を見て注意を促すおばちゃん、そんな矢先に自らが「ズルッ」
 笑いをこらえる皆さん!

 しばらく歩くと「石堂茶屋あと」に。
 ここで小休止、「座り込んでゆっくり休憩したら余計につかれるからアカンで~」という声にも、「チョットだけ」と座り込んでおしゃべり。

 そのうちに、おばちゃん何やらリュックをゴソゴソ、出してきた飴ちゃんをみんなに配り早くも栄養補給。
 結局、皆さんティータイムに突入!

石堂茶屋跡 ちょっと道草

 どれだけ時間をロスしただろうか?
 
 ようやく重い腰を上げたのは30分後、「さぁ 行こか~」と歩き出したが、すぐさま「あの草は、○○と違う?」と一人のおばちゃんが立ち止まる。
  「いや、違うで~○○はホレッ、あそこにある葉っぱの形したあるんやで~」

 いやはや、先が思いやられる古道歩きです。(笑)

熊 野 古 道

テーマ:熊野古道
 先日、職場の人いわく「宿泊のお客さんに聞かれて困らんように、古道を歩いて勉強してみようよ!」
 こんなおばちゃんの一言で始まった熊野古道歩き。

 「エエこっちゃのぅ~」と、すぐに賛同して計画書作成(?)
 「熊野古道散策計画」、サブタイトルは「無謀おばちゃんー熊野を行く」

 参加者を募ると小生を含め5名、平均年齢65歳。
 最高齢80歳、最年少55歳、このメンバーでチャレンジすることに!

 まぁ、65歳は山歩き愛好家の中では平均的ではありますが、何せ普段はまったく歩く機会のない人たちばかり!

 かと言って、お嬢さん育ちでもないですよ~!ww

 そんなお嬢さん、いや違った!おばちゃん達、当初は請川からの小雲取越え13・0Kmに挑み、制覇すれば無謀にも難所中の難所「大雲取越え」14・5Kmに挑むという。
 山歩き愛好者の中でも「上級者向け」のレッテルが貼られている大雲取越え・・・・・「まったく何を考えているのやら。」(笑)

 それじゃあ~、とりあえず請川からの「小雲取り越え」を!というので、「それも無理やろ?」と、中間点(谷口)から歩くことに変更し、当日を迎えた。

 その距離約7Km・・・・・・死出の旅路にならなければいいが ???

 と、そんなことを思いながら、家では朝早くから「弁当作り」。
 出来上がった弁当や飲み物、お菓子が詰まったリュックを背負い、いざ出陣!!

 8時30分、自然の家から車に乗り中間点谷口へ。

 それでは出発!と思った時に、おばちゃん「チョットおしっこ!」
 
 「あ~行っておいで 待ちやるよ~」と言うと、それじゃあ~私も私もとトイレに行ってしまい小生一人で待つことに。

 そして、「あ~~すっきりした~」と!

 「まったく、女も年をとると恥も外聞も無いな~!」と言ったところ、「そんな事言うても゛デモの腫れ物ところかまわず゛って言うのに~!」と切り替えされながら、再度出発の準備!と思ったら・・・・。

 今度は、「少し本宮よりに戻ったところの゛百間ぐら゛ あれは見晴らしエエで~、チョッとあそこまで行って見ようよ!」と簡単に計画変更!

 「最初はエエけど、終いにはバテルで~。」と言っても聞く耳を持たないおばちゃん連。

 「まっ、いいか!」「知らんで~」と「百間ぐら」へ。

熊野古道 歩く

落ち葉 歩く2

 15分ほど歩くと突然に視界が開け、見事な景観が目に飛び込む。

 「わぁ~っと」圧倒されるような景色に、さすがのおばちゃん連も無言のまま。

百間ぐら仏像 百間ぐら

 「さっきまで喧しかったおばちゃんも、中々可愛いもんや~」と思いながら「百間ぐら」を後にし、今度こそ「自然の家」を目指すことに!

これも熊野古道 ?

テーマ:熊野古道

 早いものですね~!
 熊野古道が世界遺産リストに登録(平成16年7月7日)されて既に4年を経過しました。

 おかしなもので4年も経つと、自分の気持ちの中では誇り高きものであった「世界遺産」の響きも、なんとなく薄れてきているような気持ちに!

 人類にとってかけがえのないものに何と言うことを!とお叱りを受けそうですが・・・・・・ハハッ!

 この世界遺産「参詣道」、熊野は神々が鎮まる特別な地として、全国各地から多くの人が三山を目指して歩いた道ですが、その中には、かつて上皇や貴族などが舟で下ったという「熊野川」も「川の参詣道」として登録(本宮大斎原~新宮権現川原)をされています。

熊野川 熊野川2

 しかし、一般的には「熊野川=世界遺産」はあまりよく認識されていない様に感じられます。

 先日も出かけた道の駅で、「熊野古道はこの近くですか?」と尋ねられ、「熊野古道もたくさんの道がありすよ~、この近くでは大雲取越え・小雲取越え、そしてこの熊野川も世界遺産ですよ~」と言うと「えぇ~~川が熊野古道 なぜ????」て言うような驚きの顔を・・・・・・!

 「熊野古道=世界遺産」はよく理解してくれていますが・・・・・・熊野川もレキットした熊野古道で「世界遺産」なんですよ~!(笑)

 ところで話は変わりますが、そんな熊野を舞台にした創作落語「熊野詣」を、皆様ご存知でしょうか?

 作られたのは、桂文枝さん!
 既に亡くなられていますが、落語会の重鎮であった文枝さんが何度も熊野古道を歩かれて作られたようです。
 ヤッパリ何の部門でも頂点に立つ方って、自らも汗をかき努力をするんですね~!
 こんな努力で作られた落語を是非一度聞いてみたいものです。

 で、先日「道の駅」(熊野川町)に行ったというのも、こんな熊野との縁で、広場に建つ大きなモニュメントの題字を文枝さんが書かれたと言うので・・・・・撮影方々チョット見学をと!

モニュメント 看板

 3年ほど前でしたか?桂一門の噺家さん23名が師匠の「追善落語会」を当地で開催し、この場所にも皆さんが来られたとか?

 文枝さんって、亡くなってからでも影響力があるんですね~。
 しかも、この遠い熊野の地にまで!

 落語「熊野詣」も、これらの噺家さんによって長く伝えられれば、熊野に住む者としてこんなうれしいことはないですが・・・・・どうなんでしょうね~。

信じる者こそ救われる?

テーマ:熊野古道
 今月10日、観心十界曼荼羅図をUPしましたが、その横に「那智社参曼荼羅」も掲げられています。
 場所は、熊野川町日足の熊野川行政局の別館2階。

 この那智社参曼荼羅は、参詣人で賑わう那智山周辺の風景に熊野信仰にまつわる話などを描いているもので最も代表的なもの。
 皆さんも何度か見られたことがあると思いますが、那智のご神体(大滝)や補陀落渡海の様子、妙法山などが描かれ、案内の山伏に導かれながら参拝するという構図で観心十界曼荼羅図と共に、熊野比丘尼が全国各地で熊野神の霊験を説いたときに使用したものです。

 説明の仕方やその口調等の文献は無いようですが、比丘尼が小比丘尼を連れて道行く人にどのような説明をしたのか?興味のあるところですよね~!
 また、熊野比丘尼の説明を聞いた人々もどのように受け止めたのでしょうか?
 遠いこの熊野までの道のり、決して簡単なものではないのに・・・・・・。
 難行苦行の道中を乗り越えれば極楽浄土の世があり、神に来世を託すことが出来ると本当に信じたのでしょうか?

那智社参曼荼羅 那智社参曼荼羅2

 最近、熊野古道を歩かれた人のブログなどを見てみると一様に「熊野はとても遠い」と書かれています。
 飛行機や車社会の現在でも である。
 それを古の人々はテクテクと歩きながら・・・・小生にはとても考えられましぇ~ん。
 熊野比丘尼がどれほど話し上手であったにしても、そしていくら幻想的な視覚に訴えられても!!やっぱり小生には無理です。
 ちなみに小生、以前の勤務地まで自宅から約1・5Kを自動車で通い、借りていた駐車場に着けば、そこに置いているバイクにまたがり150m先の勤務先に向かう、自慢じゃ~ないが、実にこれを30年間も続けた表現のしようのない「無精たれ」、って言うか「なまくら者」。
 今ではその弊害なのか?はたまた体質なのか胴回りが勢いよく成長してきて・・・・これじゃ~現世の招福もあったもんじゃあないし、不老長寿の願いなんて夢のまた夢!

 やっぱり神は信じるべきか?

遠い国から・・・

テーマ:熊野古道
 昨日、アイルランドから25名のお客様が宿泊してくれました。
 この団体さんの名前は「ファイティング・ブラインドネス」、目の疾患のための資金を提供する慈善団体で25年ほど前に網膜の疾患患者や家族などで組織したという。
 厳しいことに挑戦することで、寄付を受けたり計画を達成した際などに資金提供を受け、それを目の治療機関などに募金をしているらしい。
 熊野古道へのチャレンジもその内の一つで、請川からの小雲取越えに挑み午後4時ごろ小口に着く予定。
 午前11時、一行の荷物を載せた大型バスが玄関に横付けされ、この荷物を運転手さんと2人で降ろすことに、ところがこの荷物重いのなんのって話にならない、いつものお客様の物なら2~3個を一度に持って運び入れるのに・・・・・。
 まあ、遠いアイルランドからの長旅、荷物が多いのは頷けるが・・・それにしても半端じゃ~ない重さ、30キロ以上あるでしょうか?1つ持つだけでも大変!
 こんな荷物を背負う人って「プロレスラーか相撲取りしかおらんやろ~?」とヒーヒー言いながら運びました。
 玄関先は荷物で足の踏み場もない状態!
 しばらく時間が経過し、まだまだ到着には時間があるし昼食を食べることに、ところが食べ始めたところで玄関の戸が「ガラッ」、第一陣が顔を出したではないですか!
 目の不自由な方もいるし、時間がかかると聞いていたのでびっくり仰天!
 あわてて弁当箱にふたをしてお迎えに!
 到着したのは女性2名と男性3名の5名さま、日本語は話せないので何を言っているのか?よくわからないが、「ここは私たちが予約している宿か?」(想像)と言っているようでとりあえず「イエース」、登山靴のまま中に入ろうとしたので身振り手振りでスリッパに履き替えていただき、洗濯場所と風呂、トイレを ゛単語だけで゛説明、とりあえず部屋に案内!
 一まず「ホッ」とし再び弁当を食べ始めると「バタン」という風呂を閉める音、「これはシマッタ!」と思い急いで風呂に向かうも、すでに風呂の中に!
 いつもは、皆さんが到着する頃を見計らって1時間ほど前からため始める風呂、4時ごろだからまだまだ早いと思っていた矢先のこと。
 男風呂ならともかく女性の風呂には入って行けないし・・・・・まあ、いっか!風呂に入れば水がないのに気づくだろうと思いそのまま放置。
 それから3時間後ようやくご一行が到着したので各部屋に案内しましたが、今度は部屋の割り振りに問題があったのか、なにやら添乗員と揉めている雰囲気?
 と思いきや敷いていた布団を抱えてローカをうろうろ・・・・・・。
 ようやく落ち着きをとり戻したので、通訳を介して女性風呂を確認してみると、誰も入った形跡がないのに湯が出しっぱなし、第一陣のお客さまが風呂に栓をし湯を溜めようとしたらしいが、忘れてそのまま放置したらしい。
 浴槽から湯がどんどんとあふれていた、それも3時間も・・・・・・(いたっ!)

護摩焚き バーベキュー

バーベキュー2 肉

 夜はフリーサイトキャンプ場で修験者の護摩焚などもあり、「旅の安全」を祈りつつバーベキューに舌鼓!
 まあ、体格が良いせいか食べること食べる事、終わってみればすごいビールの山!!!

ビール ビールの山

 いや~楽しかったが、なんともはや あわただしい一日でした。
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プロフィール

栗

にしやん

熊野古道
大雲取越~小雲取越のど真ん中
「水がきれい」で「空気もうまい」!

こんなすばらしい環境でノンビリと働いて?・・・・・・います!

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