good luck !!

テーマ:お知らせ
 平成18年4月から、「小口自然の家」及び「小口キャンプ場」の管理運営に努めてまいりましたが、3月末をもって契約期間も終了し、4月からは新たな会社が指定管理者として運営することになりました。

 今日まで「小口自然の家だより」として、小口という田舎から熊野古道や出来事、小口にかかわる歴史や伝説などの情報を発信させていただきましたが、つたない文書にもかかわらず多くの皆さんにお読みをいただき、又心温まるコメントまで頂戴し、ホントに感謝の気持ちで一杯です!

 ありがとうございました。

 ブログは良き思い出を作ってくれた、と同時に皆さんからの情報やものの考え方、見方など自分にはないものも多く、自身の勉強の場の一つでもありました。

 そして、時には小口でのオフ会の開催など、格別のご配慮を賜り・・・・・(あの時の出会いは終生忘れることは出来ません!)
 更に、ブロガーさんが小口を訪ねて来てくれたことも度々ございました。
 
 幾多の出会いの中で、どれだけ癒され勇気をいただいたことでしょうか?

 しかし悲しいかな、人には別れがあります。

 寂しいですが、これまで楽しい日々を送らせていただきました全てのブロがーさんに感謝を申し上げます。 
 そして、素晴らしい企画をしていただきました「村ブロ」の関係者の皆さん!本当にありがとうございました!

 おかげさまで、数え切れないほどの楽しい思い出を作ることができました。

 「終わりは新たな始まり」「別れは出会いの始まり」と言われますが、小生はこれから「新しい始まり」を求めて一歩一歩前進していきたいと思います。

 皆様方のご健康と「村ブロ」の益々のご発展をご祈念し、本日をもってブログを終了させていただきます。

 長い間、本当にありがとうございました。

今年の「どんど」 !

テーマ:小口自然の家
 14日、恒例の「どんど焼き」が小口自然の家で行われ、小口住民約40人が年神様を送りました。

 主催はみち芝グループ(岡崎良子会長)、会員たちは前日からフル稼働でその準備におおわらわ!
 餅をついたり、ぜんざいの準備をしたり・・・・・・。
 80を過ぎた体にムチ打つこの気力、いつものことながらこのパワーには頭が下がります。

塚 餅つき

餅

 お天気さんも、そんな苦労に報いてくれたのか?
 風もなく、さして寒くもなく、この日の天気は最高!

 準備の整った会場には午後5時半ごろから、お札、お守り、御神矢、しめ縄などを持った人々が徐々に集まり、定刻6時、「身体健康」 「南無熊野大権現」 「心願成就」と書かれた法衣に身を包んだ熊野修験者冨岡秀清氏と共に隣の高倉神社へ参拝。
 法螺貝を吹き祝詞を奏上、そして松明に御神火を点火して「どんど会場」へ。

高倉神社での祈祷 松明への点火

 会場では祭壇に置かれた注連縄やお札等を「法螺貝」で清め、「九字」を切る。

 そして、いよいよ塚への点火です!
 岡崎会長が、竹と杉で作った「塚」に点火すると、その火は天高く燃え上がりました。
 暗闇に鳴り響く法螺の音、「パーン」という青竹の破裂音、飛び散る火の粉に見守られ、暗黒の世界から神様の旅立ちです!
 とても感動的です!

注連縄祭壇 塚への点火 

燃え上がる炎 注連縄を焼く

 神が旅立ち、火が収まり始めたころ、一人が竹で挟んだ餅を焼きだすと、次から次に竹を差し出し始めました。
 「どんど」で焼いた餅を食べると、その年の病を除くと言われます。

餅焼き 餅焼き2

 振舞われる善哉にその餅も入れて食べる人、「いゃ~家に持ち帰ってから食べるよ~!」と大事にしまいこむ人。
 そして、塚を回りながら、冨岡氏から参加者全員が一年間の無病息災を願って背中にお祓いを受けました。
 これは、「修験者が火渡り修行のときに行なう火生三昧(かしょうざんまい)と同じ意味のお払い」だとか?

 そして、本日の最後を締めくくる「餅ほり」、2基の「かがり火」だけが唯一の照明、法螺貝を合図に「闇の餅ほり」の開始です。
 
 キラキラと「かがり火」に照らされ空を舞う白い餅、でも、一旦地面に落ちれば「どこや~見えんど~」と・・・・・とにかくワイワイがやがやの「餅ほり」でした!

暗闇での餅ほり

 こうして「どんど焼き」も無事終了しましたが、火は昔から敬怖した存在で神力があると信じられています。
一説には平安時代の宮中で青竹を立て、扇子や短冊などを添えて陰陽師が謡い はやしながらこれを焼き、その年の吉凶などを占ったのが起源とされていると言う。

 失われつつある各地の伝統、この意味ある伝統を一つでも後世に伝えて行きたいものです。

大蛇伝説

テーマ:伝説
 白い石礫を持ち、岩肌や原生林に囲まれた和田川、人為的なものはほとんど無く、深い淵までもが透き通る秘境中の秘境である。

 何者も立ち入らせない威厳を誇る和田川には、「いわれ」や「伝承」が多い!

和田川 和田川2

 今回はチャドロとクレドメ!

 壇ノ浦の戦いに敗れた平家一族、生き残った者もチリジリバラバラと奥深い山里へと落ちていく。

 そんな中、小口の上流域である大原にたどり着き、山を開墾して生活をする鍛冶屋三郎という一人の武士。

 傍らの和田川には幾つかの淵があり その一つの淵に棲む大蛇が川を下る筏を待ち伏せては筏夫を呑み込んでいた!
 筏は里人のもっとも大事な仕事で、人々は生活に困っていた。

 これを知った鍛冶屋三郎、「人に危害を与えるとは憎いやつ」と大蛇退治を決意、一振りの刀を差して筏で川を下る。

 しばらくして筏が魔の淵にさしかかると、天地鳴動、晴れわたっていた空がにわかに曇り、血なまぐさい風が吹き、水面は大波が沸き立った。

 と、突然大蛇が現われ、鎌首を立てて真っ赤な舌を出し、飛びかかってきた。

 驚きながらも腰の刀に手をかけた三郎、目にも止まらぬ速さで首をはらうと大蛇は水中に没した。

 仕留めたと思ったのも束の間、再び大波が沸き立つと、落とされた首の切り口が頭になって再び三郎に襲い掛かってきた。

 こうして三郎と大蛇の死闘が続いたが、ついに大蛇は七つの死体となって淵に浮かんだのであった!

 二度と出る事がなくなり里人達は安心、三郎に感謝の意を込めてこの淵を鍛治三郎、そして次の淵は大蛇の血でいっぱいになったので「チャドロ」、又大蛇の死体が流れてかかった瀬を「クレドメ」と呼んだという。

七草がゆ

テーマ:出来事
 地域の楽しみの一つである「七草がゆを食べる集い」(主催:みち芝グループ)が「小口自然の家」で開催、地元をはじめ近隣の那智勝浦や三重県の紀宝町などから多くの人が集いました。

 今年は報道陣も多く、参加者(約50名)やスタッフ合わせて70~80名という多さ!
 「広報しんぐう」や「議会だより」の担当者まで取材に訪れていました。

     【展示販売:なれ寿司・ゴンパチ(いたどり)・ほうき、わらじ】

なれ寿司 わらじ

箒とゴンパチ

 最初に、これまでに2度の大きな手術にも負けず25年間も強烈なリーダーシップを発揮してきた゛小口のドン゛こと岡崎会長が、発足当時の苦労話やこの集いへの思いを身振り手振りで語る。

会長挨拶

 開催当初は50代であった会員も今ではほとんどが80代、その準備すら大変です!

 2週間ほど前からは「なれ寿司」を仕込み、3~4日前からは、なずな(ぺんぺん草)、ごぎょう(母子草)、はこべら、ほとけのざ、すずな(カブの葉)、すずしろ(大根の葉)の植物を探し回る。
 そして、2日前からは その準備に朝から晩まで時間を費やす。
 こんな苦労の末に開かれる「集い」!

 熱弁を振るう会長に会場からは大きな拍手が!

 続いて、保育園児の和田夏来ちゃんが前に出て「七草なずな、唐土の鳥が、日本の土地に渡らぬ先に・・・・・・♪」と・・・七草をしゃもじと包丁でトントンと!

 参加者たちも交代で前に出て刻んでいました。

刻む 刻む2

 刻んだ七草は、煮えたぎる大きな鍋に鶏肉などの具財と共に炊き込み、皆さんに振舞われました。

 小生も頂きましたが、さすが25年のキャリアは伊達ではありません!

 大変美味しく、食べ過ぎや飲み過ぎで疲れた胃には大変やさしいものでした。(ほとんど飲み過ぎですけど・・・・ヘッヘ)

炊き込み 食べる

 この「七草がゆ」、元々は中国の「鬼車鳥」という悪い鳥が日本にわたって災難をもたらすという言い伝えから、七草を刻みながら「鬼車鳥」が寄り付かないように祈ったという。

 すっかり小口に定着したこの行事、末永く続いてほしいと願うが・・・・・・?

熊野古道(大日越え)

テーマ:熊野古道
 湯の峰温泉到着!

 「おぉ~硫黄の匂いやげ~」と思ったら、奥方は「チョット買い物!」と姿をくらました。
 直ぐに「5つで150円やったわ~」と卵を片手にご帰還、そして、「12分ぐらいやって!」と言うと、「何が~?」と聞き返す小生の言葉を無視して小走りでどこかに!
 少し歩くと、そこは90度の温度が湧出するという湯筒、ここで卵を茹でているではありませんか?
 さすが食べ物には卑しい奥方、この辺の事前調査は完璧のようです。

 小生は真上のベンチでちょっと一息!

湯筒 湯筒2

 時間が経過して、下から「出来たよ~降りてきて~!」と声がかかる。
 汗も引きチョット肌寒くなってきたので「暖かい卵は丁度いい」と思って降りていったら、「アカン!今食べるんと違ゃうんやで~」
 「えぇ~?なんで~?」
 「これは息子へのお土産!」
 「なぬ~~折角寒い中を待ちやったのに~!」

 「くそ~!」と思いながらも最近は奥様主導のわが家庭!
 かつて大国アメリカに挑んだイラクのように、歯が立たないのは明白!
 恭順を示す言葉「イェッサー」を発するのでありました。

 そして、日本最古の温泉でその湧出地と言われる「東光寺」にお参りし、人気絶頂の「つぼ湯」を上から眺めていると、何と!「ぜんざい」の暖簾をかけた店が・・・・・小生も我慢の限界!「入るぞ~!!」
 「アカン!それもゼンザイ600円はアカン!」
 奥方の制止を振り切り、意を決して・・・。
 「・・・・・・・・・」
 すると、何と黙ってついてくるではありませんか~?
 「男は黙って・・・・・・」大成功でありました。(クック)

東光寺 地酒コーナー

 そのまま「ぜんざい」を注文、美味しくいただいていると横には「地酒コーナー」が・・・・それを横目で見た瞬間!奥方は敏感に反応、すぐさま「昼間からアカンで~!」と厳しいお達し!
 まぁ、大日越えに影響が出ないよう、そこはグッと我慢し大日越えに挑むことにした。

 湯の峰王子からはハードな坂道、途中、風での倒木なのか?横たわる大木を避けながらひたすら上ると、登りが苦手な奥方は「ハーハー、ゼイゼイ!」
 心では「報いじゃ~」と思いながらも、「大丈夫?」と気遣いながらの夫婦旅!

湯の峰王子 急坂

古道

 そのうち、少しはなだらかになった所で大きな木の根が絡んだ岩が・・・・・鼻欠け地蔵です。
 鼻が欠けているというよりも「顔がない!」「意味がわかりましぇ~~ん!」

鼻欠地蔵 月見ヶ丘神社

 更に10分ほど下ると広い境内があり祠が・・・・・・月見ヶ丘神社です。
 農耕神とあがめられているようで巨大石仏を祀っているとか?境内はきれいに掃除され、新しい注連縄と御幣が飾られていた。

 と、その時、下から猛烈な勢いで駆け上がってくる女性が・・・・・年のころなら30、いや40代?(モゥ~ 女性の年はわからん!)
 挨拶を交わし、しばしの談笑!
 何と地元本宮の人で、いつも大日越えを散歩してると言う。
 えぇ~~「散歩?」
 どうりで駆け上がってきたというのに呼吸すら乱れていない。
 これから、大日越えで湯の峰に行き、一般道路を歩いて本宮に戻ると言う、何とその所要時間は「1時間ぐらいやの~!」だって!
 「いや~もう笑って済ませる」しか方法がありません!!
 リュックを背負い両手にはステッキで、滴る汗をぬぐう姿はちょっと気恥ずかしい!

 と、まぁこんな出会いもあり一層きつい下り坂に突入、石段も乱れ足場の悪い道は少し疲れてきた足には堪える、蟹の横ばいならぬメタボの横ばいは「ちょっと絵になりにくい」が・・・・・・約20分、大斎原の大鳥居が見えてきた。
 伏拝じゃ~ないが、大日越えをして初めて鳥居を見た「古人」は、伏して拝みたいほどの感動であったでしょう!!

大斎原を望む

 我々一行も(笑)、旧社地、大斎原(おおゆのはら)を通って熊野本宮大社に参拝、かくして小生の歩初め「平身低頭の旅」が終了したのでありました。

熊野古道(赤城越え)

テーマ:熊野古道
 いよいよ赤城越えです。

 スタート地点の丸太橋を渡るといきなり急坂、「どれだけ登るのであろうか?」
 途中マップで高低を確認しようとポケットに手を突っ込むが「なぃ~~!」
 「お前持ってたんか?」
 「何言いやるんよ!自分のポケットに入れやったのに~!」

 リュックの中を探す、さっきまであった地図が・・・・・・あぁ~?
 「どこかに落としてしまったらしい!」
 「んもぅ~いっつもこうなんやから~!」(プンプン)

 山の中まで来て怒られるとはチョット情けないが、やむを得ずそのまま坂を登ると「1」の道標があった、記憶では「確か湯の峰まで6Kmほど!」「次の道標までは500メートルなので・・・・・と言う事は、道標12で終点?」
抜群の計算能力で距離を計算する!(笑)
 
 「そんなん、誰でもわかるわ~!」またまた怒られながらも、ひたすら登る。

上り坂 道標1

 何とか峠に出た。
 そこからの道は「グー」、植林であるがよく手入れが行き届いて とてもきれい!

 「鍋割地蔵」(なべわりじぞう)を過ぎ緩やかな下りが続く、道は落ち葉でフカフカ!

鍋割地蔵

 少し風も強くなり木々も揺れる中を歩くこと2時間、ついに待望の昼食タイムがやってきました!

 景色のよい場所を選んでメハリ寿司とおにぎりをパクつく、弁当の出来栄えとは無関係に(笑)山中での食事は実に美味。
 風もやみ雲間からでた陽射しが実に心地よい!

 30分ほど休憩し、再び歩き始める。

 しばらく歩きフッと気がつくと、尾根に作られた道は急峻な山の頂、道を踏み誤りでもすれば奈落の底や~・・・・・「こわ~~!」

 そして、遠くまで見渡せるすばらしい景色に遭遇!

見晴らし

 「エエ気分や~!」と熊野の空気を吸いまくり・・・・・・・とその時、遠くから「パン パン」という何とも不気味な音、正月早々猟でもしているのだろうか?
 歩くたびに、その音もだんだん大きくなってくるような???

 「手負いの猪が前から突っ込んできたらどうしょう!」などと思いながら歩いていると、山中に廃屋のようなものが見えてきた、これもチョット不気味?

 何だろうと近づく、「柿原茶屋(宿)跡」であった。
 「あぁ~これが柿原茶屋跡か~」この場所は、「道なりに行かないよう」事前に注意をされていたので、よ~く案内を見て進路を右手に取る。

柿原茶屋 湯の峰

 茶屋跡を過ぎ、しばらく歩くと湯の峰温泉が見えてきた、民家の横をすり抜けて・・・・・
 
 「湯の峰温泉」到着。

初歩き!

テーマ:熊野古道
 年末に「久々に合う家族3人の休み、熊野古道でも歩これ~ょ」!
 言い出しっぺは息子です。
 「あぁ~でもないこ~でもない。」と言いながら、「コースは赤城越えと大日越えやで~」と勝手に計画!
 朝7時に出発して本宮へ、そこからバスで発心門に・・・・・・「遅れたらアカンで~、バスの便はあまり無いんやから!」と言う息子・・・・・・。

 そして当日5時に起床し、寝ている息子を揺り起こすと「今日は俺行かへんで~!」
 「えぇ~~何でぇ~?」
 「腹がおかしいわ~、電車の笛やぁ~」
 「何んやそれ?」
 「ピーや!」

 と言うことで、女房と二人だけで歩くことに!
 最近の相方、これまで10分の距離も嫌がっていたのに、先の小雲取越えを歩いて自信をつけたのか?
 帽子を買い、杖を買って意欲満々!・・・・あおられっぱなしの今日この頃である。

 ネットでの天気予報はバッチリ晴れマーク、前日に買ったバナナや菓子、弁当と荷物を詰めていざ出発!

 予定通り自宅を7時に出て、本宮大社前からバスに乗る、乗客は他に3人、いきなり運転手から「お客さん達 どこまで行きますか?」って聞かれ「発心門まで」と・・・・同乗の3人も同じ所までのようだ!
 でも、一般の観光客のようで歩く格好はしていないが・・・・・どうなんだろうか? 

 「バス」に揺られること15分、運転手さんから「発心門には、王子と発心門口があるが、どちらですか?」
 小生が「船玉神社に行きたいやけど、どちらで降りるんでしょうか?」
 「えぇ~~船玉神社?私わからんわ~!」
 一方、3人組から「本宮までの古道を歩いてみたいんですけど?」と聞かされていた運転手さん、突然停留所でもない所にバスを止めて、「ここから入れば本宮まで行けますよ~!」とお客さんを促す・・・・・田舎のバスならではの配慮がすばらしい!

 残された小生は終点まで行き、「発心門王子」で降りる。

発心門王子 道しるべ

 初めて見る「発心門王子」、説明板によると本宮の聖域の入り口に立てられた鳥居で、九十九王子の中でも藤代・切目王子など五体王子と並ぶ、格別の崇敬を受けた王子の一つとある。

 その「発心門王子」近くの案内に、猪鼻王子方向とあったので、ここで下りたのが正解だった。
 早速、猪鼻王子を目指して坂を下る、そして王子址と書かれた石碑に遭遇、参拝の後は今では珍しい未舗装の林道を通って船の神様を祭ったと言われている「船玉神社」へ。

猪鼻王子址 船玉神社
 
 すぐ近くには赤木越えの案内があった、広場になっているその場所には、川舟が展示されており、キャンプ禁止や「マムシに注意!」の看板もあった。

分岐点と広場

 分岐点であるため、いろんな人が集まる場所なのだろう!

プロフィール

栗

にしやん

熊野古道
大雲取越~小雲取越のど真ん中
「水がきれい」で「空気もうまい」!

こんなすばらしい環境でノンビリと働いて?・・・・・・います!

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